第257話 勝手な契約(後編)
第257話 勝手な契約(後編)
Sさんは続きを言う前に、自分のコップにお茶を注いで一気に飲んだ。それから一度深呼吸した。
「本来、私たちは契約した相手を知っている、見つけられるはずなのです。しかし、何故か、分からない。何か術を使って正体を隠しているとしか考えられません。会社の中の誰か、ということは状況から分かっています。しかし、誰なのかが分からないのです」
「私なら、その隠している何かを突き破って人物を特定、できるのかもしれませんが…。術云々はそれぞれのやり方がありますからね」
流派と言うべきか、信じているものと言うべきか。知っていることの全てを明かす必要はない。
「ええ、それでも、十分に可能性があるのです。私を見ることができる人間はそういません。余程私たちに詳しく、特化した何かを行っている人間がようやく見つけ出せるはずですが、それをあなたはいとも簡単に見破りましたから」
そこまで言われると少し照れくさい。が、Sさんは良いにしても、見破った私を始末するモノだっているわけだから、何事も知らないふりが適当なのだろう。
「特化、とおっしゃいましたが、あなた方はどこかの伝承に存在が記されていませんか。どこかの地方に限定されているなら、本人あるいは血縁者がそこ出身の人が候補になりますね」
「私もそう考えて記憶を当たって見たのですが、私たちの伝承が伝わっている地方は狭くても、今は物の本を探せば書かれていますから中々特定ができないのです。会社の中でオカルト趣味を公言しているような人もいませんし、本当に何がきっかけで私に辿り着いたのか…」
残念なことに、当ては外れたようだ。
「もう後は見つけられるかどうか、ですか。そういえば、見つけた後はどのように…」
それを聞いたSさんが内心でぎくりとし出したのが分かった。触れられたくなかったようだ。
「それは…、ですね、そうしないと自分が危ないわけですから、なにせ、無関係な人から無理やり奪うのも心が痛みますし、ですから、それしかないのですが…」
怪奇がこういう言い方をする時は、大体言うことは決まっている。
「契約を無効にする方法は2つ、契約と契約者を破壊するか、契約を反転するかです」
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Sさんの家を出てから駅前のホテルまで、程よく暗く(田舎に比べれば明るい)過ごしやすい温度の中でふと考えた。Sさんはどうであれ、無関係の人間を巻き込もうとしていない。極論、会社の人間の、めぼしい人から襲っていけばいつか契約者は破壊できる。人間はそのようなことはしないが、怪奇に常識は通用しないから、理論的な話の中で合理的な手段があれば行っても不思議ではない。
しかし、彼はそうしない、さらに、無関係の人間から補填しようとしていない。それだけで十分良心的だろう。Sさんを騙して身勝手に契約を結んだ者は、その報いが帰ってきたところで、まあ、特に、自業自得である、と思う。騙された側が利子付けて取り返すのも分からなくもない。法律の及ばない闇の中だからこそ、だ。失礼な言い方だが、Sさんは人間ではないから、何と言うか、強いて言えば野生動物、は失礼か、天災のようなモノだ。何かをないがしろにした分、容赦なく牙を剥いて返ってくる。だから人権どうこうではなく、善悪の話になって、その基準は難しいが、まあ大半が従っている法律に近ければ、決断を下すのはSさん自身だ。
ホテルに戻ってから風呂に入り、それから少しの間テレビを見ながら横になった。あの局はやはり面白い。
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翌朝、ありふれた味の朝食を済ませて、ホテルを出た後にみーさんから頼まれていた書類の数々を関係各所に届けに行った。平日でも異常に混んでいて、朝一番に行った所はまだ良かったが、その次の所で昼過ぎまで待たされた。昼食はそこの地下で謎に安いA定食(チキン南蛮)を食べた。味も量も問題なかったが、何故あれほど安かったのだろうか。
そもそもがまず、全ての書類を一ヶ所で提出できるようにしてもらいたいものだ。管轄が違うのは承知しているが、大元は同じなのだからそういう連係はとれないものだろうか。リモートなり、スキャンして送るなり、思いつきそうなものだが。結局、Sさんと約束していた時間近くまでかかった。観光に行くことはできなかった。




