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第253話 カッコウ(後編)

第253話 カッコウ(後編)


 リビングに入って来たのはNさんであった。その顔には困惑が映っている。


 「どうも、会いたくないと言い出して…。聞き分けのいい子…なのですが…」


 「そうデスネ…。2階に行ってみたいデス。卵と何か…お味噌とお水クダサイ」


 「いいですが、一体…?」

 Nさんが疑問に思うのも無理はないだろう。


 Nさんが冷蔵庫から卵と味噌を取り出し、ツァップさんに渡す。ツァップさんは空のコップの縁で卵を割ると、中身をそこに移し、味噌と水を他の入れ物に移した。


 「知都世ちゃん、これ持ってクダサイ」

 水の入ったコップは藍風さんが持つ。

 「上野サン、これお願いしマス」

 私は味噌の入った茶碗だ。これだけで足りるのだろうかと疑問に思う。ドイツではどうやるのだろうか。シリアルに牛乳あたりだろうか。


 私達3人はNさんの後ろを着いて2階へ上がった。子供部屋の扉は特に何か仕掛けがしてあることもなく、すんなりと開いた。


 「ほら、A(仮名)、お父さんの教え子だ。あいさつしなさい」

 Nさんが話しかけたソレは、Nさんはもしかしたらまだ息子だと思っているかもしれないソレは、ごく普通の子供だ。しかし、私には干からびて黒くなった、目玉と腹の出た、背筋の曲がったモノに見えてしまった。


 藍風さんとツァップさんの視線が私を向いた。小さく頷く。ツァップさんが卵の殻をソレの前に出した。


 「えと、こんにちは」

 ソレは人見知りがちな子供を演じている。味噌を箸ですくって殻の中に入れる。水を殻の中に入れる。そして、ツァップさんが箸でその中身をかきまぜた。


 「俺は卵の殻の中で料理するなんてのは見たことがないね!」

 ソレが、子供の形のまま叫んだ。決定だ。ツァップさんの取った方法、卵や木の実の殻の中で料理をするこれは、チェンジリングを見つける方法だ。


 用意していた札を投げつけ…避けられた。ソレは身軽に机の上に上がった。


 「A…」

 Nさんの言葉の続きを聞くことはなく、ソレは四つん這いになって窓に突っ込んでいく。とっさに藍風さんとツァップさんを後ろにやって、Nさんは大丈夫な場所にいる、背中を向ける。


 ガシャンッ! ドサッ


 ガラスを突き破った音、中庭にソレが落ちた音が聞こえた。


 「2人とも怪我はありませんか」


 「はい」「ハイ」

 良かった。


 「A!」

 その声でハッと割れた窓の向こうを見ると、ソレはよたつきながらも走って逃げていった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 「追いましょう。血の跡を辿れば…相手は手負いです」

 気配が分からなくても、普通の人でもできるだろう。


 「そうですね」

 私と藍風さんはすぐに階段を下りようとするが、ツァップさんに「待って」と止められた。


 「追いかけるなら、これ持っていってクダサイ」

 ツァップさんが懐から聖水の入った小瓶を出して、私たちに渡す。受け取った瓶をポケットにしまう。


 「待ってください。私も一緒に行かせてください」

 Nさんの、悲愴と熱意が入り交ざった瞳がこちらに向けられていた。私たち3人は目配せをすると、藍風さんがコクリと頷いた。



 住宅街の中を4人で血の跡を追いかけると、ソレは器用にも二又に分かれる道の前で電信柱と塀を飛び伝い、目印を消していた。臭いを辿ろうとしたが、ソレは小賢しくも血の付いたハンカチをそこに落としていた。そのせいで正確な方向が分からなくなっていた。


 私たちは二手に分かれた。藍風さんとツァップさんは平坦な右手、私とNさんが上り坂のある左手へ進んだ。体力と戦闘力(?)を考慮して自然とそうなった。今思うとそれは幸運だったのだろう。


 坂を上ってもソレの姿は見えなかった。幾つかに分かれる細い道をNさんの土地勘頼りに進むかどうか決め、不思議と人影はなく、彼の体力に付いていくのが辛くなり、肺と脾臓が痛くなった頃、私たちは塀に囲まれた行き止まりの所で、ゴミ箱の陰に隠れていたそれを見つけた。


 「助けてくれ!」

 ソレが息絶え絶えながらも叫んだ。傍から見れば怪我した子供だ。まして、Nさんにとっては息子の姿をしている。彼の顔に戸惑いが映っている。


 「アレは怪奇です。人間ではありません」

 私はそう言って札を投げた。

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