第248話 マネキン(中編)
第248話 マネキン(中編)
新幹線を降りた後、駅内の洋食屋で遅めの昼食を食べた。そこに行くか、例の百貨店のレストラン階に行くか、少し歩いて昔からありそうな店に行くか、私たちの答えは同じだった。そこのオムライスはコメにしっかり味が付いていて、玉子も厚めで半熟で、当たりだった。
例の百貨店に着くとわざわざ社長が待っていて、その隣に緊張しきった店長が立っていた。スタッフルルームでみーさんが事の詳細をもう一度聞いている間、私は監視カメラの映像を早回しにして見ていた。
(完全に動きが人間だ…。鈍いが…)
画面の1つに映っているマネキンが、売り場に並んでいるシャツを掴んで吟味しているように見える。
(関節が…あるのか?)
シャツを掴んでいる、ということは指の関節があるはずだ。その前に、歩いているものもあるから、足首の関節があるはずだ。元のマネキンにはなかった…と思う。
モニターの中のマネキンたちは緩慢に動いている。隣のマネキンとまるで話をしているような身振り手振りを行うもの、同じ場所を行き来するもの、腕時計の入ったショーケースを眺めているもの…。普通にショッピングをしているような光景だ。
「何かあったー?」
話を終えたみーさんが、私の座っている椅子の背もたれに手をついて、前のめりに乗り出してきた。甘いレモンのような香りがすっと流れる。
「マネキンが人間のように動いている、ということくらいですね。買い物をしているような振る舞いです」
「あー確かに。四つん這いで動いたり、平行に動いたりってのはないねー」
「ただ、これらの動きをするには関節をたくさん使用しますから、元のマネキンを無理矢理動かしても難しいはずです」
「なるほどー」
みーさんが小さく首を動かした。髪がふわ、と揺れた。
「ですから、多分―」
その日に来た人の動きを真似していると言おうとしたところで、画面の中に何かを持ったマネキンが現れた。ポールだ。
「多分?」
「違ったみたいです。ほら―」
そのマネキンはポールでゆっくりと素振りをすると(逆に難しいのではないだろうか)、近くにあった手元を見ているマネキンに近寄り、その頭を勢いよく振りぬいた。頭は外れて飛んでいき、ガラスを突き破った。
「あーこれがさっき言っていたことかー」
他のマネキンが好きに動いている中で、頭のないマネキンが頭を取りに行こうと動き出し、止まった。少し遅れて電気が点いた。
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私たちはひとまずその服売り場がある階を見に行った。仕事であっても、そういう所に男がいるのは気まずかった。みーさんがいたからまだ連れに見えて楽だったが、これがもし下着売り場だったら、完全にダメだっただろう。
フロアには店舗が十数軒あって、始めに異変があった場所には感じの良さそうな、しかし少し疲れた様子の店員が接客をしていた。私とみーさんは、みーさんがようやくレディーススーツを選びに来たような体でそこを訪れた。物陰からぬっと現れた店員に怪奇の件で来ていることを伝えてよそに行ってもらってから、マネキンを1体ずつ調べ始めた。
とりあえず、原因はすぐに分かった。付喪神だった。みーさんが1つ1つに分かりやすく気配があると教えてくれたが、私には分からなかった。それでも念のために、みーさんがそれとなく後ろ手でマネキンのどこかを触っている間、私はマネキンを観察した。
関節は思った通りなかった。それで動いたのならしわやヒビが残っているはずなのだが、全くそうした痕跡がなく、つるりとしていた。台座の部分にはつま先の方向にこすれた跡があったが、それだけでは何とも言えなかった。人が動かしたときに付けたとも考えられる。ただ、例の、頭を吹っ飛ばされたマネキンだけは、頭に殴られた凹みとガラスでできた線が残っていた。照明を焚いてごまかしていたが、知っていれば分かりやすかった。
そうしたことを何体分かやって、少し休憩して、別の店に行ってを繰り返して、あらかた終わったときにはちょうど夕食時になっていた。せっかくだからそこのレストランでステーキ定食を頼んだ。たまにしか牛肉を食べなくても、結構味は覚えているものだ。食後、ステーキで腹は満たしたはずなのに、何故か無性に馬や鯨を食べたくなった。




