第243話 怪奇以外の仕事(中編)
第243話 怪奇以外の仕事(中編)
長谷川さんが仮眠を取っている間、さらにS氏が寝ている(であろう)間はS氏の家に目を向けて、ヘッドホンを当てていたが、暇であった。たまに訳もなく望遠鏡を覗いて、裸眼の方が見えやすいと感想を抱き、またあるときは少し広範囲を見て、どんどん町の明かりが消えていき、様々な怪奇が町に現れるのを目にした。
翌朝、長谷川さんに引き継ぎをして、仮眠を取った。その直前にS氏が起き始めて、少し申し訳なかった。長谷川さんにそれを伝えると、むしろ退屈な時間に監視してもらって申し訳ないと言われてしまった。
仮眠明け、長谷川さんに何かあったか尋ねたが、特になかったと言われた。顔を洗って、コーヒーと食事を簡単に済ませ、歯を磨いて、私も窓際に座ると「上野さん」と尋ねられた。
「はい」
「S氏は、何をしていたと思います?」
何てことのない雑談のような導入から、いきなり本題に入ってきた。
「ええと…」
わざわざ弦間さんたち(恐らくここ以外でも監視しているだろう)がそれなりの期間張っている(これは食料の入っている段ボールの大きさで推測できる)のだから、相当のことであろう。
「人を…殺めた、などでしょうか。陰陽術で」
しかも、何をしていた、だ。継続的に、だ。少なくとも数人だと思う。
「それよりひどいかもしれないですね。私たちのしていることは、上野さんは知っていないかもしれないが、両面的でしてね。表と裏。怪奇を祓い、占い、呪いを返すことができるということは、その逆も然りですから」
なるほど。
「…」
「…」
話が終わった。もう少し詳しいところは…教えてくれないようだ。無理に知るつもりもないし、知ったことで身に危険が及ぶかもしれないから、それを考慮してくれているのかもしれない。ただ、殺人よりもひどいこととはいったい何だろうか。
私がその内容を気にしつつS氏の自宅を見ていると、ヘッドホンから着信音が聞こえ出した。長谷川さんが息をのむ音がかすかに聞こえた。
「もしもし。…ああ。…分かった。納期は?」
納期?何のことだろうか。
「…早すぎるな。もう3ヶ月は欲しい。上質な商品を見繕うにはそれだけ要る」
「……そうだ。できない。……分かった。じゃあ」
スマホを置く音とS氏が椅子を引く音が聞こえた。
「決まりだ」
長谷川さんが険しい顔つきをしている。
「もう、後は現場を捕らえるだけだ」
「現場、ですか」
「まあ、言葉のあやです」
とっさに誤魔化されたのは声の上擦り具合から明らかだ。しかし、私にはその先を知る権利はない。
それから私たちは再び監視を続けた。S氏の電話の詳細については、そうすぐに続報が来るわけもなく、相変わらず来訪者もおらず、その日は終わった。翌日の昼過ぎにS氏が出かけ、幸いと休憩していた最中に、弦間さんがやって来て、交代して、終わった。
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帰りはタクシーに乗って最寄りの駅まで行った。その途中でS氏の家の前を通ったが、近くで見たところで何かがあるわけでもなく(周りの家よりセキュリティがしっかりしているくらい)、わざわざそこで降りる気もなかった。帰りの新幹線の中で駅弁(牛肉の)と缶ビールを楽しんで、文松駅で降りたときにはふわふわした感じがしていた。
もう外はすっかり暗くなっており、家に帰る途中、人通りの少ない道を歩いていると行く手に薄い膜のようなモノがかかっていたのを遠目で見つけた。結界か何か張って、誰かが何かしているのだろう、少なくとも知り合いではなさそうだ、ということで遠回りをした。気のせいかもしれないが、結界(?)の向こうにいた誰かが私を追いかけようとしていたような気がした。
家に着いてからS氏についてネットで調べてみた。同姓同名の何名かの中に、それらしいものがあった。誰かのブログに地方の小冊子の一部がスキャンされていて、そこの趣味の欄で洋画鑑賞を紹介していた。
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十数日後、弦間さんから再び呼び出しがかかり、支部の近くに止めた彼の車に行くと、そこでS氏が亡くなったと聞かされた。何かやったのかと遠回しに聞かれた。ということは通常(?)の死に方でなく、かつ私が監視を終えてからすぐのことだったのだろう。当然何もしていないからそう答えた。組織的な何かの口封じだろうか。




