第240話 もこもこ(中編)
第240話 もこもこ(中編)
高速道路を降りて大基町に着いてから私たちはひなびた蕎麦屋に寄って昼食を食べた。2人ともざる蕎麦を頼んだ。そばの風味が強く、硬さもあって美味しかった。会計の時に、店員の中年女性から「ご兄妹?」と聞かれた。これもよくあることだから適当に「そうですね」と流しておいた。
それから、私たちは田中さんの家まで向かった。信号がなくなり、一歩通行の細い道が出だして、行き止まりに突き当たって、少し迷った後に到着した。見た感じごく普通のアパートで、一人暮らしにしては少し広めに見えた。藍風さんがうっすらとソレらしき気配を感じると教えてくれた。インターフォンを押して用件を伝えると、やややつれた感じの田中さんがこちらを窺うように顔を出した。
寝室は、ごく一般的な(ドラマで見るような)女性のものであり、わずかに気まずさを感じつつも部屋の中を見て回ったが、これといった民芸品があったり、不自然なお札があったりすることもなく、窓の外に動物の死体が落ちていたりもせず、それらしい怪奇も見当たらなかった。
「気配はするのですが…えっと、ベッドの辺りです」
藍風さんが集中してベッドのあちこちを見て回っている。
「そうですか…。それなら…」
カバンから小型のサーモグラフィーを取り出して、スマホに装着すると、藍風さんが言うベッドの辺りに画角を向ける。後ろから恐る恐る私たちを眺めていた田中さんが興味を示したようで、覗き込んできた。
「それで何が分かるんですか?」
「怪奇現象の起こる場所というのは、他の場所よりも温度が低いことがよくあるのです」
ただ実際はそう簡単に物事は進まないが、と心の中だけでそっと付け加える。現にカメラでベッドを映しても、それらしい場所はない。せいぜいベッドの下が他より温度が低いくらいだ。単に日当たりの問題だろう。他の床面ともそう大差ない。
「上野さん、何か見つかりましたか」
藍風さんがベッドを調べ終わったようだ。こちらまで寄ってきた。
「見つからないですね。気配の元が分かれば楽にはなりそうですが」
「私も、何とも言えないですが…」
私たちが静かになったのが怖くなったのか、田中さんは(多分)何か会話をしようと、「このベッドを捨てたら消えたりしますか?」と尋ねてきた。
「うーん…。このベッド…、この場所…。やって見ないと分かりませんが」
藍風さんが答えようとしたようだが、やはり怪奇というモノは一概に言えないものだから、そこで終わった。
「あるいは田中さんご自身にくっついている可能性もあります」
私も一応、聞きたくはないだろうが、可能性の1つを挙げておく。
「ですから、たとえば今日引っ越しても解決するとは限らないのです」
「それじゃあ…」
田中さんの顔が青くなる。
「可能性の話ですから、大丈夫ですよ。何にしても、ソレがもう一度出てきたら終わります」
脅しのようになってしまったことを急いでフォローする。やっぱりいいです、など言われたらここまで来たのが無駄骨になる。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
それから、私がカメラやレコーダーを部屋にセットしている間、藍風さんが再度ヒアリングを行って、私が合流したところで、藍風さんは田中さんにいつものようにそこで寝てほしいと伝えた。しかし、田中さんはどうしても嫌だったらしく、仕方なかったから、髪の毛を数本抜いてもらって、形代(高い)に付けて、それを丸めた掛布団に固定した。それから仕掛けをした。
田中さんには貴重品を持ってどこか(知人の家)に行ってもらった。残った私たちはそこですぐにできることがあるわけでもなく、他人の家をあれこれ眺めるのも悪く、リビングで静かに時間を過ごした。私はタブレットでネットサーフィンをしつつ、スマホに飛ばされてくる寝室の映像を確認し、藍風さんは勉強をしながら気配の変化を観察していた。知らない他人の家にいると、それも家主がいないと、妙に気疲れする。
夕食は持ってきていた携帯食糧とお茶で済ませた。こうなるなら惣菜か弁当を買っておけばよかったと思った。それから、2人とも静かに、やがて電気を消して、じっとソレが現れるのを待った。




