表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
251/305

第239話 もこもこ(前編)

第239話 もこもこ(前編)


 暑い。そう気温は変わらない(むしろアメリカの方が暑かった)のに蒸すからだろうか、それともホテルや車内の空調が利いていたからだろうか。それはともかく、夏だ。トマトやキュウリが安く手に入るようになり、アイスクリームがたまらなくなり、方々でバーベキューや花火の匂いがして、風情のある蝉とない蝉が鳴きだす。学生の時には定期試験の後に夏休みがあった。社会人になった後は当たり前だがない。車の中がひたすらに暑く、外で仕事をするとまた暑くうんざりする。と、考えると、今の自分は毎日が夏休みに近いのかもしれない。適度に勉強して、適度に息抜きをして、イベント(仕事)を入れていく。収入と睡眠リズムが不安定なところがネックだが、好きな人にはもってこいの生き方かもしれない。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 休日、私も旅の疲れがとれて、硬貨虫も落ち着いた頃、戻って来てから最初の依頼があった。その日はそう遠出するわけではなかったから、普段のように起きて、シャワーを浴びて、朝食を作って食べて、簡単に掃除と換気をして、それから、車に乗っていつもの道を通った。


 藍風さんは家の前にある大きな木の陰で待っていた。夏めいた私服で細い腕や首が露出していかにも涼しそうだった。車を停めると彼女はわざわざ運転席側まで来て、あいさつをしてから助手席側のドアを開けて、乗りこんできた。それから荷物を後部座席に置いて、シートベルトをして、高速道路に乗る前のちょっとした会話を始めた。


 「ここに座るのは久しぶりです」

 まだギアを3速に変えたばかりのときに、藍風さんが言った。


 「そうですね、私もです。この車、これからどんどん暑くなりますよ。冷房を強くするとスピードが落ちますし」


 「そうですか。溶けそうですね」

 その言葉を聞いて藍風さんがぐたっとしている姿を想像する。具合の悪い人に見えてしまうのは何故だろうか。普段だらけている姿を見ることがないからだろうか。


 「そうですね。あっ」

 そう言えば。


 「どうかしましたか」

 藍風さんが私を見たのが見える。


 「大したことではないのですが、硬貨虫、暑い所に置いていても大丈夫かと思いまして。それこそ、溶けたりも考えられますから」


 「硬貨虫…。確かに溶けそうな感じはしますが…」

 藍風さんが少し上を見た。その姿を想像しているようだ。


 「まあ、そのときはそのときにしますよ。ペット(?)でもあるから、もちろん涼しい所に置いて、気温によっては冷房も入れますし」


 「そうですよね。何が起こるか分からないですから」


 それから高速道路に入るまでそうした話を続け、入った後は静かになる、普段の流れだった。藍風さんは参考書を読み、私は運転に集中しつつ、山間の色がとっくに濃く、空が青く、蜃気楼の気配が見え隠れするのを見て、依頼内容を思い出していた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 P県の大基町、県内では小さい方から数えた方が早いところだが、その町の、市街から外れたところにある住宅街に住む田中さんが、寝ているときに、正確には寝て起きるその合間に、何かに体を押されるという。言い換えれば、何かに体を押される感触で目を覚ますということだろう。


 それが起こり始めたのは約2ヶ月前、特に変わったこともなく普段通りの生活を送っていた田中さんがベッドに入り、眠りに落ちて、ふと、全身を何か、角の丸い拳よりも一回り小さな何かに押されている感触がしたそうだ。驚いて跳ね起きても何も見つからず、戸締りもしっかりしていたから気のせいだと思ったらしい。


 しかし、週に1、2回の頻度でその何かは現れ続けた。彼女が疲れた日でも、雨の日でも、とにかく規則性はまるでなく、全身をそれに体に少しめり込むくらいの力で、ランダムに何か所も同時にもこもこもこと押された。ツボ押しのように体が軽くなることもなく、かと言ってあざができるわけでもなく、ただ、気味の悪い感触がするのだという。


 医者に相談しても睡眠薬を出されただけで、それで消えるはずもなく、参った彼女は知人の伝手で協会に依頼をして、受理された。決め手となったのは自分の寝ている姿を取った動画だろう。確かに、田中さんが起きる少し前に、もこ…もこ…と体の何か所かが少しだけ凹んでいた。だから、医学的な金縛り(睡眠麻痺)でも、本人の精神的なものに起因するわけでもなく、怪奇だ。


 今回の依頼はシンプルにソレを取り除くことだ。既に対応の仕方は分かっているため、後は条件が揃ってしまえば終わる事になっている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ