第238話 帰国(後編)
第238話 帰国(後編)
文松駅から家までは時間も多少あって天気も良かったから、大荷物ではあったが、トランクを引きながらゆっくりと歩いた。特に何もないような道であるが、久しぶりに見た景色は多少なりとも趣があるように感じた。日差しがアスファルトや緑々しい広葉樹の葉を照らして、人はあまりいなかった。見慣れたものばかりが目に入って、安心感というか、どこで何をしてもよいか分かるという感覚が、改めて日本に帰ってきたと思わせた。
まあ、怪奇は見慣れたと言って良いのかそうでないのか、途中の道に3mくらいある人型の怪奇が2体、棒立ちしていたを見つけた。アメリカに行く前はアレらはいなかった。季節が変わったからなのか、単に何かあったのか、分からない。分からないモノは相手にしないのがよい、そう考えて少し遠回りをした。
家に入って真っ先にしたことは硬貨虫を水槽に戻すことだった。広い場所に移ったのが嬉しかったのか、早速クリップに飛びついていた。部屋の換気をして、トランクの中身を全て片付けて、汗を流して、それからようやく一息ついた頃にはそれなりの時間になっていたが、多少の余裕はあった。
私は久しぶりに自転車に乗って見慣れた近所を適当に巡った。夏らしい怪奇なのだろうか、水田の泥の中から手招きする腕や、電信柱にしがみついている子供のような怪奇(近くを通ったトンボを捕まえて貪っていた)、謎の声がする場所、針のようなモノの群れ、などを見かけた。その調子でフラフラと回り、頃合いを見て藍風さんの家に向かった。
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普段自転車で訪れることはなかったから、いつもの光景でもまた視点が違って面白いものだと思いつつ、門の前に自転車を停めてインターフォンを押そうとするとちょうど藍風さんが私服で出てくるところだった。
「こんにちは。お久しぶりです」
「こんにちは。アメリカはどうでしたか」
藍風さんの淡々とした話し方、濡羽色のセミロングストレート、この背丈は会うのがしばらくぶりだと思わせるには十分だ。
「楽しかったですよ。これ、お土産です」
カバンから土産を出して渡すと藍風さんは心なしか大事そうに受け取ったように見えた。
「あ、ありがとうございます」
よく見るとほんのわずかに紅潮しているのは、出迎えるのに走らせてしまったからだろう。シダーのような香りがする。遅めに来れば良かった。
「良かったら、もう少し聞かせてもらえませんか」
「そうですね、それならいつもの喫茶店に行きませんか。そこなら人もいませんし、怪奇絡みの話をしても大丈夫ですし」
結局、私もその話がしたいのだろう。外でその手の話をするなら、近場ではそこがベストだ。
「そうですね。少し待っていてもらえますか。準備してきます」
藍風さんはそう言って家の中に戻っていった。
それから私たちは自転車でゆっくりとその喫茶店まで行った。タイミングよく誰もいなかったから、私は藍風さんにアメリカでしてきたことを1つずつ話していった。夕食もそこで食べた。カルボナーラを2人とも頼んだ。逆に、私も藍風さんに何かあったのか尋ねていると、大分時間が経っていた。私はともかく彼女は学校があるから、まだ話を聞きたそうにしていたように見えなくもなかった藍風さんを家まで送って、途中、スーパーマーケットに寄って卵やビールやその他、すぐに使いたいものを買ってから家に帰った。
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ビールを飲みながら協会のホームページを見て、できそうな仕事がないことを確認していたころ、宍戸さんから連絡があった。変なものを見かけたとあって写真も添付されていたからどういうモノかと思い中を見ると、なんてこともない、普通の魚の模様が犬の顔に似ているというものだった。怪奇ではなさそうですが、心配なら協会に相談してくださいと返事を返すとそこから犬は好きか、この前食べた少しの間雑談が始まった。先の変なものの件も、怪奇ではなく単に変なものを見たという話だったのなら、たまのオフではしゃいだのかもしれない。まあ、色々あるのだろう。




