第237話 帰国(中編)
第237話 帰国(中編)
ウェーブのかかったセミロングの金髪で青目の分、他の人と違って目立つのに加えて、スラリとした姿で手を振っていたから、さらには子供っぽい恰好のおかげでツァップさんは人目を引いていた。
「二人とも、お待たせ!」
ツァップさんが歩みを止めたのに合わせて、ふわっと髪の毛が動く。マグノリアのような香りが流れてくる。
「こんにちは」
「いーよー。じゃあ、行こっか」
みーさんがさらっと言って歩き出す。ツァップさんがそれに続く。私も少し後ろから歩く。2人が話しているのは何だろう、シュークリームだろうか、どこそこのが美味しかったけれどもう食べた?とか、限定のがあったとか、いわゆるガールズトークだ。寿司を食べる前にクリームの話ができるあたり、やはり甘いものが好きなのだろう。
「上野サンも後で食べる?」
ぼーっとファーストフード店のCMを、今日本ではこういうのがあるのかと聞いていたら、ふいにツァップさんが振り返った。
「え、ケイテ、何?」
「え?」
青い目が丸く開いている。驚かせてしまった。
「ああ、ツァップさん、何でしょうか」
アメリカにいたときの癖というか、英語と日本語がごちゃごちゃになって変な風に呼んでしまった。
「上野サンも後でシュークリーム食べる?」
「そうですね、硬貨虫を家に戻さないとしばらくしたら暴れそうで、すみませんが」
食べたくないわけではない。大荷物と長旅の後であることが、少しだけ勝っただけだ。多分。
「また誘ってください」
「そう、じゃあまた今度ね」
こういうことで話がややこしくならないのは、ツァップさんの良い所だと思う。
「今度硬貨虫、見に行ってもいい?」
話題が変わった。これは前のことを断ったから次のは断れないだろうというあれなのか…違うだろう。単に思いついたからだ。
「それなら私もー」
みーさんが加勢してきた。
「そうですね、何か機会がありましたら」
特に断る理由もない。が、文松町には用事がない限り来ないだろうから、そのときでいいのではないかと思う。その用事も藍風さんに会うくらいしか思いつかない。
寿司屋はごく普通の回転寿司であった。ネタの鮮度がよく、手頃に食べることができる割には美味しかった。話の大半はアメリカでやったことだったが、何分、公共の場所であったから、仕事の話はできず、思い出したことといったらプールサイドでビールを飲んでいたことくらいだった。みーさんがたまには向こうのを飲みたいなーとチラチラとこちらを見ながら言っていた。2人にお土産のチョコレートを渡したら、それはそれで喜ばれた。
ツァップさんは食べるたびに表情が変わり、楽しんでいることがよく分かった。それを見ていたらツァップさんに少し顔を赤くして怒られた。まあ、失礼だったと思う。
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G駅に戻り、少し早めにホームに入って、文松行きの電車を待っていると、見知った顔を見つけた。結構な距離があったのに、向こうも私と同じタイミングでこちらに気がついた。街に溶け込むような恰好をしている、荷物の多い、背の低い、前髪が綺麗に揃えられたショートヘアの、桾崎さんだ。こちらに来ようとする彼女を手で止めて、私が向かった。
「こんにちは」
「こんにちは。アメリカどうでした?」
森林のような、マートルのような、清らかな空気を感じる。
「良かったですよ。桾崎さんもこの電車ですか」
ホームには既に人が何人か立っている。怪奇の話をしたら、良くてゲームの話、悪くて危ない人扱いだろう。結局漠然とした答えになってしまう。
「あ、はい。行き先は上野さんよりもずっと先ですけど…」
「そうですか。ご一緒しても大丈夫でしょうか」
「はいっ、大丈夫です」
電車がホームに来るアナウンスの後に、人の乗っていない車両が目の前に停まった。せっかくだからボックス席に座り、桾崎さんが斜め前の席にストンと座ると電車が動き出した。他に誰も乗ってこなかった。昼間なのに、このまま異界に運ばれていくのではないかという、妙な気分になる。
「これ、お土産です。よかったら召し上がってください」
そうした気分を払拭するために何か話そうかと、桾崎さんにお土産を渡す。
「ありがとうございます! うわあ、全部英語ですね」
箱の中身よりも外箱に興味を持ったのか、クルクルと各面を見始めた。それを見ていると桾崎さんが恥ずかしそうに「あっ」と言って、お土産をカバンにしまった。
「最近は暑いですね。戻ってきて驚きました。…こういうときに出やすい怪奇はどういうモノが多いのでしょうか。教えてもらえますか」
「それはですね―」
活き活きと話し出した桾崎さんに、上手く気持ちを切り替えてくれてよかったと思った。
途中の駅から何事もなく人が乗ってきて、私の懸念は杞憂に終わった。それからは夏休みに行きたいところの話をして、文松駅に着き、車内から小さく手を振る桾崎さんに私も小さく手を振り返した。




