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第236話 帰国(前編)

第236話 帰国(前編)


 日本はやはり良い。アメリカが嫌なわけではない。多様性と包括性を意識して生きるためにはこの上ない場所のような、そうでないような場所だ。適材適所、あくまで適材適所。混ぜるな危険でもあるわけだから、何とも言い難いときもあるが、非常にためになる。英語の勉強にもなる。おまけにホテル暮らしだったから掃除もしなくてよかったし、料理も作らなくてよかった。


 ただ、(自分の場合は)どこかに出かけようにも足がなく、勝手が分からなかったのが、少し不自由だった。特に後者は不便だった。



 無事に帰国してG県の空港に着いた後、そこから電車に乗ってG駅まで行って、重たいトランクを引きずりながら(コインロッカーに預けるべきだった)真っ先に向かった先は協会の支部だった。扉をノックすると、中から「どうぞー」と声がした。


 「こんにちは」

 扉を開けた先には、みーさんがいて、ソファに横になりながらSw○tchでゲームをしていた。若干寝癖のついた赤茶色のボブとジャージ姿は声がなくても当人と分かる。レモンのような香りがふわふわと漂っている。


 「ちょっと待ってねー。今、兎を、やっと倒せた、強すぎるよー」

 他には誰もいない。トランクを邪魔にならない場所に寄せて、カバンをその上に置いて、中から硬貨虫の入ったケースを取り出す。大人しくしている。それを手近な机に置いて、冷蔵庫を開けてお茶のペットボトルを取る。みーさんも飲むだろう。コップを2つ出して注ぎ、テーブルの上に置く。



 少しするとゲームにキリが付いたのか、みーさんがSw○tchを片付けて、こちらを向いた。


 「お待たせ―。どうでしたー、アメリカ?」

 そう言いながら、みーさんはお茶に手を伸ばした。


 「良かったですよ。色々ありましたが、色々な国の人に会えて、色々と見せてもらえて、と言った感じです」

 私もお茶を一口飲む。緑茶は久々だ。わざわざ選んで飲まないし、1ヶ月飲まないことも普通なのに、何故か飲みたくなっていた。


 「色々ねー、それは後々聞くとして」

 みーさんが机の上に目を向けた。

 「硬貨虫ねー、うん、確認しました。書類はどこだっけ?」

 それからファイルを探しにキャビネットの方へ歩いていった。


 「確認は、それだけですか」

 もう少しややこしい手続きやチェックがあるのかと思っていた。検疫などは…考えたところで、できるものでもないとはいえ、何かしらがあると思っていたが。


 「形式上のものだからねー、だからおねーさんでもいいのでしたー」

 みーさんは書類を見つけると、そこにスラスラとサインをした。その紙を受け取って、私もサインをする。


 硬貨虫の入ったケースをカバンに戻して、使ったコップ類を流しに持っていく。洗っている間にみーさんが荷造りをしているのが鏡越しに見える。

 「せっかくだから、お寿司食べに行きませんかー?日本食、久しぶりですよねー?」


 「そうですね、硬貨虫も…まだ大丈夫そうですし」


 「なら決まりですねー。ケイテも呼ぼっと」

 みーさんがポケットからスマホを取り出して、電話をかけた。洗い物も終わった。


 「ケイテ?お寿司食べに行かない?上野さんもいるよ」


 「寿司!行きマス!」

 電話越しの声が漏れ聞こえてくる。


 「じゃあ支部の入り口ね。ゆっくりでいいよー」


 「すぐ行くネー」


 みーさんはスマホをポケットにしまうと「来るってー」と言った。


 「そうですね。ところで、少し聞きたいのですが」


 「何ですかー?」


 「何か、私の頭にしましたよね。記憶を覗かれないように、というか、操作できないように」

 これを聞きたいがために家に寄らないで支部へ直行したようなものだ。


 「アハハ…。ほら、前に怪奇のせいで記憶が抜けたことがあったじゃない?それ対策ですよー」

 ポーカーフェイスをしているらしいが、心臓の鼓動が速くなっている。バツが悪いのだろう。


 「向こうの霊能者が言うには、相当頑丈に守られていたそうですね。結局破れませんでしたよ」


 「それは良かった…んですかねー」

 よく分からないが、多少自慢に思ったようだ。


 「まあ、何かするときは言ってくださいね」

 私がそう言って話を締めるとみーさんはほっとしたらしく、元の顔に戻った。それどころか若干笑顔にも見えなくもない。


 「ごめんねー」


 ところで、いつ、そのような術をかけたのか、それを聞こうと思ったちょうどそのときにツァップさんがやってくるのが見えた。

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