第232話 前線向きではない(後編)
第232話 前線向きではない(後編)
探索は滞りなく進んだ。扉を開けて、中に入り、腐っている床面に注意して壁伝いに一通り見て回り(大体のドアは開いていたから非常に楽だった)、外に出て、ルーシーが玄関のドアに模様を描く。私に関して言えば、集中していれば(ずっとそうしていると疲れるから適宜行うことにしているが)、怪奇の有無が分かる。他の人たちは何か気配を感じて、その場の空気(?)を掴むことも必要であったにもかかわらず、素早く(恐らく)正確に行っていた。(最も、悪霊は出現していないことを前提としていているのだから、いないことではなく、出現する可能性のあるどこかを見つけなくてはならなかった。)
そうして、休憩もなしに次々と家を見回っていった結果、件の家には予想よりも早く到着した。
「ここね。ジェラルド、何か映っている?」
JJが無線越しに尋ねた。
「さっきからずっと少しだけ温度が低いかな。後は君たちと、後ろを付いてきている動物霊が分かるよ」
「動物霊?」
ルーカスが自分の持っていたカメラを後ろに向けた。
「映った?」
「いや、姿が映っているんじゃないだ。温度の低い範囲と、後は他の計器の反応でね」
「そうか。あれは大したことないから放っておいている」
「なら気にしないでくれ。何かあったらまた連絡するよ」
無線の音は消えた。
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玄関の扉を開けると、比較的綺麗な室内が目に入った。昼の内に入っていたアフマドが仕掛けていたカメラとセンサーが見えた。
「何か感じる?」
JJが辺りを見回しながら尋ねてきた。五感を鋭くする。
「…何も、それらしいモノはいないですね。トイレの方に蝙蝠がいます」
「そう…。見ただけじゃわからないのかも」
その言葉をきっかけにルーシーとルーカスが家の中を調べ始めた。私もJJの後ろについて、歩く。本当にそのまま残っている。木で作られた人形の首が隅に転がっている。敷物の擦り切れた跡が当時の移動ルートを想起させる。誰かのライトで壁が照らされる度に染みや、打ち付けられた大きな釘や、止まりきった時計が目立ち、その影が変に動く。
何度見ても、それらしいモノはいない。小物の怪奇もいない。ルーシーが蝙蝠にぶつかって驚きの声を上げた。ルーカスはカメラでなるべく広範囲を撮るように壁を背にしている。JJは今までと変わらない。
「出ようか」
JJが言った。ここでの探索は終わった。
ドアの近くにいたルーシーが外に出て、マスクを取って深呼吸している。JJも出た。私も外に出ようとしたところで…扉が閉まった。
(立て付けか?)
取っ手に手をかけて引っ張るが、開かない。ルーカスがカメラや計器を床に置いた。
「閉じ込められたな。カメラも壊れた」
ルーカスの顔が普段の飄々としたものから、無表情気味なものに変わった。
ダメもとで扉に蹴りを入れてみるが、開かない。スマホも圏外だ。外にいるはずの2人の声も聞こえない。
「どうします?」
「元を絶つ」
その言葉を聞いたからなのだろうか、突然、キッチンの方から一発でそれと分かる臭いが漂ってきた。多分、幽霊だ。それも数体いる。
(私に…できるだろうか)
ルーカスにできることは、分からない。仮に彼がそういう能力や技術を持っていないなら、やるしかない。幸運なことに、相手が幽霊なら最後の手段、幽霊瓶でどうにかできるだろう。
「俺がやることはみんなには黙っていてくれ。できないならウエノが死んでからにする」
しかし、私が何を考えていたか恐らく表情から読み取ったルーカスが、物騒な言葉を口にした。
「分かった。約束するよ」
命の方が大事だ。
次にルーカスがしたことは書いてはならないと言われているが、どういった類のことをしたのかは、他のメンバーに教えなければ書いてもよいと言われたから、書き残す。あれはマクンバだ。白人憎悪の呪いだ。
歴史については、教科書で触った程度しか知らない。それも日本のだ。だから、詳細も、そしてそれらが彼らにどう根付いているのかも感じ取ることができない。
とにかく、それで、私とルーカスはその家から出て、2人と合流し、ジェラルドの所に戻って、予備の装備に持ち替えて(高かったのにと嘆いていたが、責められはしなかった)、他の家の探索を続けた。例の家で出会ったモノは目標の悪霊ではなかった。アレ以上なら私たちの手には負えないだろう、霊能力者がいるときは出てこないことが逆に安全だと思った。
ルーカスは親しくなったから、助けてくれたのだと思う。本当に隠したいなら、私が死んだ後、あるいは殺してからやることもできたわけだ。…アジア人だったからかもしれない。




