第229話 ゴーストタウン(後編)
第229話 ゴーストタウン(後編)
ルーシーは見終わった家の玄関に手のひら大の記号(三角形の中に内接する逆三角形)をダークブルーの液体で描いていた。「火」を意味するらしく、幽霊が一時的に見終わった家に入り直すことがないようにするためであった。この液体は青臭さとカエルの臭いと、粉っぽい臭いが混ざり合った不気味なものだった。近づこうとしたら「危ないよ」制された。実際、懐にしまうときも丁寧に扱っていたように見えた。
ルーカスの持っていた機材は時々針が微妙に振れたり、カメラのモニターに小さなノイズが走ったりして、その度にジェラルドから何かあったかと尋ねられていた。幽霊が出る前触れと挙動は同じらしいが、小さすぎて確実とは言えず、拠点の計器も(後ろから聞こえるアフマドの声によると)どれもかしこも変に動いているらしく、そこから意味のある反応だけを見分けるのはジェラルド以外にできそうもないと思った。
家はだいたいどこも同じような造りであった。それでも床の腐り具合は異なっていたからパターン化して探索することができなかった。大型の動物こそいなかったが、中にはネズミや蝙蝠の糞が散らばっているところもあった。虫の姿は不思議と見かけなかった。
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半分ほど見た後で休憩をしに拠点へ戻った。アフマドたちと合流して、まずは水を飲み、チョコレートを口に入れ、モニターを遠目で眺めた。
「ジェラルド、どんな感じ?」
ルーカスが彼の後ろに回り、モニターを見ながら尋ねた。
「まあまあ。相当危険なモノがいるわりには、どこにも強い反応はないんだ。ああ、君たちが出会った幽霊はちゃんと計測できていたよ。せめてエリアを絞ることができればいいんだけど…。そっちは?」
ジェラルドはモニターから目をそらさないままで答えた。一瞬の動きも見逃さないようにだろう。閾値を超えたらブザーが鳴るなりするのだが、それよりも小さい、わずかなものを捉えようとかなり集中しているのが分かる。
「そっちで見えた以上のモノはないかな。本当に。怪しい気配さえない。あったとしても、普通の幽霊さ。…カメラの使い方はあれで合っていた?」
ルーカスは目線を合わせないことを特に気にすることもなくひょうひょうとした様子で答えた。話題が機材のことに移った。私が聞く必要は多分、ないだろう。
少し休もうとすぐ近くに用意してあった椅子に腰かける。恐らく私の姿を見てだろう、ルーシーとアフマドも近くに座った。JJは…車の中で何かしているのが聞こえる。
「どう思う?」
ルーシーから漠然とした問いが飛んできた。私の方にだ。
「えーと、大物がいる近くには小物はいないものですよね。特に例の悪霊は周りのを取り込むという話ですし。それなのに、どこにでもいるモノがその通り、どこにでもいます。よほど気配を絶つのが上手なのでしょう」
完全な素人意見だ。
「そうだね。それか、取り込まれたがっているのか、自分は取り込まれないと知っているのか」
アフマドが補足をしてくれた。感心と同時に思い込みが危険であると改めて思う。
「ルーシーは?」
「私?」
彼女の目がキョロッと変な方を向いたと思うと、元に戻った。
「出現場所は決まっているはずでしょ?なのに、誰も特定できていないのよね。それが変。呪われた人たちが目撃した場所もまちまちだし。だから、1体じゃないのかもね。それでも変」
「霊能力者がいると現れないのは何故だか分かったか?」
アフマドがここに来る前から彼が一番気にしていたことを尋ねてきた。
「残念ですが、何も。どうやって感知しているのでしょうね」
「それなら」
ルーシーが何か思いついた。
「能力を消してから来てみるのはどう?一応私、他人のを消せるよ。戻す方法はないけれども」
それは…、どうだろうか。
「無防備なままここにいたら、あっという間に死にますよ」
アフマドがやんわりと否定した。が、ここでいう防、とはどれほどの力を指すのだろうか。私一人でいない方がよさそうだ。




