第224話 ウニ(中編)
第224話 ウニ(中編)
翌朝、朝食のバイキングを食べに行くと、既に殆どのグループは戻っていた。慣れ親しんだものを選んで空いていた席に着き、窓の外を見ながら食べていると、ニックが話しかけてきた。そのままニックと一緒に朝食を食べていると、彼のスマホに連絡があった。例のウニが近所でも見つかったそうで、午後から一緒に見に行かないかと聞かれた。予定は特になかったからそうすることにした。
それから私は一旦部屋に戻って硬貨虫と遊んだ。ベッドの上であぐらをかいて、その上に乗せた硬貨虫の頭(?)を撫でながら、ウニのようなあの怪奇は中身もウニなのだろうか、あれだけの量を取ることができれば何食分になるだろうか、大物だから味も大味だろうかとどうでもいいことを考えた。怪奇を感じることができなければ口にもできないのだが。
満足した硬貨虫をケースに戻した後、昼食に冷凍食品のパスタを食べた。外食ばかりだと飽きるのと1人で食べたいときもある。食費は心配しなくてよいが、貧乏性でルームサービスを頼むのがどうも面倒に思えてしまう。
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待ち合わせの少し前にフロントに行って、偶々会ったムスリム(周遊のバンを待っていた)とこの前の仕事の話をした。彼らは野球場で幽霊探しをしたついでに試合を見て、大満足だったそうだ。私たちは、可もなく不可もなくだろうか、そう伝えた。
ニックと一緒に向かったのは車で1時間程度の細く流れのゆるい川だった。近くに小さな街があって、太い道が1本通っている以外は木々の多い普通の森だった。ウニは岸辺の岩の日陰でただ転がっていた。
「アレ、どうしますか」
次に何をすべきかニックに聞いてみた。珍しいと彼は言っていたし、わざわざ来たからには理由があるだろう。
「何もしないよ」
予想は外れた。ニックはソレをただ見ている。
「珍しいんだ。強いて言えば観察だね。1人でいるよりも、雑談をしながら誰かといた方が楽しいだろう?」
「まあ、そうですね」
「何か買ってくるよ。コーヒーでいい?」
いつまで観察をするつもりなのか知らないが、しばらくいるなら飲み物は必須だろう。暑い。
「ああ。ありがとうございます」
私がそう伝えるとニックは車の方へ行ってしまった。
よく考えるとニック達も仕事があるだろう。ここにいてもよいのだろうか。もしかしたら戻ってきた翌日の午前中に全部片付けたのだろうか。それならよっぽど優秀なのだろう。
ウニは何をするでもなくそこに居続けている。風が吹いて、川に突き出た枝から芋虫が落ちた。すぐに魚が飛びついて、できた波紋は静かに消えていった。のどかだ。少し先に見えるアメリカの家がまた景色に合っている。
「お待たせ」
10分ほど過ぎたころ、ニックは戻ってきた。
「どう?何か変わった?」
「いや、ずっと同じですね」
コーヒーのカップを受け取って、一口飲む。冷たさが体に沁みわたる。残りを寄りかかっていた手すりの広い所に置く。
「そうか。もうしばらく見ていようか」
ニックもカップを手すりに置いて、ソレの方を見始めた。
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会話が途切れて、ちょうどニックが意味深に何かを言おうとしていたときだった。ウニがゆっくりと移動し始めた。
「何かあったのか?」
ニックが嬉しそうに言ってコーヒーを飲み干した。
「えーと、向こうのアレでしょうか」
あの対岸に現れたキツネが積み重なったような怪奇を指さして、私もコーヒーを飲み干した。
「アレを目指しているのかな。どうなるんだ?」
ニックの目はウニの方を向いている。体も少しずつその方に傾いて、足が動き始めた。
「危険はないのでしょうか」
怪奇同士の反応など、何が起こるのか分からない。止めた方がよいのではないだろうか。
「大丈夫、多分ね」
ニックはそのまま川に突っ込むのではないかのように見えたが、柵を乗り越えることはなかった。柵に沿って近づいている。
ウニは泳いでいるのだろうか。分からないが流れに逆らって動いている。その割には水面に何も見えていないし、水底は見えにくい。針が水面下で動いているとしても、あの細さでどうやって水を掻いているのだろうかと考えた所で、止めた。
ウニが重なったキツネに接近すると、ニックの興奮は高まり、私は爆発でもしないかと少し距離をとって、ウニが積み重なったキツネの上に登って、そこで動きを止めた。と言うのは私たち見たときの話で、それ以外の人たちの視点では、突然そこに痩せた黒人の女性が現れた。




