第223話 ウニ(前編)
第223話 ウニ(前編)
そのウニに似た怪奇はトゲを不規則に動かしてゆっくりと狭い範囲を動き、お互いにぶつかってはその場で向きを変えていた。ニック曰く、ソレは人に対して特に害を及ぼすこともなく、数年に一度見つかる程度のものだそうだ。群れた姿が見られたという記述もなく、ましてや交配の手段も知られていなかった(交配すること自体も)から、価値のある情報だとニックは興奮していた。(多分)仕事そっちのけでメモ帳にスケッチをしていた。
ソレらの数は洞窟で異変があった回数と一致した。つまり、そこにいたのは洞窟から滝を上って川を遡上してきたモノと考えられた。
「それで、どうします?」
ニックがようやく私たちに対応を求めた。
「何がアレらをここまで連れてきているのだろう。臭いかな。それを取り除ければいいんだけど」
ロイが真っ先に言うと、クロミドロが少し首を傾げた。
「始末すれば早いんじゃないか?」
「それだと、他の連中がまた上ってくるだけだ。通り道に結界を貼って、交配が終わるまで待つのはどう?」
ルーカスが柔らかくクロミドロの意見を否定しつつ、自分の考えを述べた。
「交配がいつ終わるのか分からない。何故ここに集まっているのか、それを探し、替わりの場所を用意するのがよいだろう」
アンドリューの疑問はもっともだ。
「アレらは珍しいモノだろう?残りの時間でその何かを見つけられるだろうか。手っ取り早くできることはないか?」
クロミドロの言うこともわかる。
「アレらがエレベーターの前に来たら音が鳴るようなベルを仕掛けるのはどうでしょうか。要は数が合っていれば済む話ですから」
一応言っておく。手っ取り早くで思いつくのはこれくらいだ。
「その仕掛けを作れる?それに、いつまで続くか分からないよ」
ロイに突っ込まれた。なれ合いなしに言うことを言ってくれるのは楽だ。私も言いたいことを言える。彼らはここでの対立をその後の全てまで延々と引っ張らない。
「いいえ」
「感度と特異性を考えると、難しいかもね。何しろ情報が足りない」
ロイが理由を付け足して、冗談っぽく続けた。
「もうさ、川の途中に滝を作ってしまうのは?それで洞窟に結界を貼っておけばそっちから行くんじゃない?後は好きにやらせればいいんだし」
「それだ!」
アンドリューが声を張って同意すると、他のメンバーも同意見だと口々に言った。しかし、コストはどうなのだろうかとわずかに考えていると、ニックがニコニコしながら「それじゃ、早速手配しよう」とスマホを取り出しながら話し合いを終わらせた。私も同意したことにした。
帰りの車の中は賑やかだった。ホテルに戻った後、皆疲れていたが早くも打ち上げを開いた。ビールと手羽先の相性がまたよく、辛さが酒を進ませた。遅くまでいた。騒ぎはしないが賑やかな、割と仲が良いグループだった。統制が取れている集団ではないが。
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翌朝、遅めに起きて朝食を食べた後、荷物を引き上げて車に載せた。それから洞窟まで行き、ルーカスとクロミドロを下ろして(結界をどこにどう作るのか現地を見ながら決めるためだった)、残りは川をどこから分岐して滝を作るのか考えに行った。
例の怪奇は前日と同じ場所にいた。そこから、主にロイとアンドリューが適切な場所かどうか探りながら、下流まで移動した。私がしたことは、他の競合しそうな怪奇がいないかを探ることだった。まあ、もう一つの組にいてもできることがないから来たというのが適切だっただろう。
滝は洞窟のすぐ近くに作ることとなった。現場監督とニックがあれこれ話しているのを聞きながら(あまり聞き取れなかった)、私たちは昼食のサンドイッチを外で食べた。木陰は涼しくかつカラッとしていて、気持ちがよかった。
洞窟に行っていた2人も無事に結界を張り終わっていた。彼らと合流して、全員で元のホテルに帰るころには車内は流石に静かになっていた。夕食をゆっくりと食べる時間がなかったのが地味に辛かった。
元の部屋に戻ると硬貨虫が不服そうに待っていた。お土産に拾った例の洞窟近くの石をあげるとすぐに飛びついていった。私もそれを見ながら部屋に置いておいたカップ麺とチョコレートで腹を満たし、風呂に入って、静かになった硬貨虫をケースに戻して、自分もベッドへと潜った。




