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第22話 旧校舎の七不思議(中編)

第22話 旧校舎の七不思議(中編)


 「次はどの七不思議が近くにありますか」


 「はい、体育館が南側にあります。それから女子トイレは1階に2つあったはずです」


 「女子トイレの場所と何番目かは分からないんですよね」


 「はい、私も母から旧校舎の七不思議を聞いたのですが、母が覚えていなかったんです」


 「それなら女子トイレの件は藍風さんと江崎さんが調べ終わるのを待ちましょうか。ただ、どこから出てくるかわからないので用がなければ近寄らないようにしましょう。ですのでまず体育館に行こうと思います」


 南側に廊下を進むと水飲み場の蛇口から赤い液体が垂れているのが見えた。血のように見えるが錆だ。排水溝周りは錆が沈着しており、褐色に染まっている。水周りは生きている様だ。物置として使っているので電気も来ているし、旧校舎と言ってもそこまで汚くはなさそうだ。ただ、掃除はあまりされていないので隅の方や目立たないところは埃がたまっている。廊下から見える教室には卒業式で使う様な看板や体育祭で使う大玉や玉入れのかご、何かのポスターを丸めたものなど、様々なものが雑然と詰め込まれていた。


 体育館の前まで来ると入口の前に埃が積もっているのが見えた。左手は防火扉でふさがっているが階段の様だ。右手にはトイレがある。


 「あれ、体育館は開いていないんですか」


 「あ…、そうでした。ここは床が駄目になっていて物置にも使っていないんでした。すみません…」


 「鍵束に合う鍵があるか探してみましょう」

 しかし、後からかけられた鍵だったからなのか合う鍵はなかった。どうしたらものか。


 「とりあえず先に2階に行きましょう」


 「はい、あ、体育館の2階に走路があるかもしれません。新校舎にはあるのでもしかしたらですけれども」


 防火扉を開けて2階に続く階段を開けた。そこは普段ほとんど人が入っていないらしく、誰かの何往復分かの足跡がわかるほど埃が積もっていた。淀んだ空気が開けた扉から流れ落ちてくる。心なしか上は一層古く見える。私達は階段を慎重に上った。埃で滑りかねないのと何が起こるかわからないからだ。ここは七不思議以外にも何かある。骸骨標本が例だ。2階に上がると足跡は3階に続く階段の方へ向かっているのが見えた。正面にはトイレがあり、体育館のある場所には城山さんの予想通りの扉があった。


 「2階は汚いですね。マスクを持ってきて正解でした」


 「ここまでは入ったことがなかったので、こんなになっているとは思いませんでした」

 城山さんは隅に張られていた蜘蛛の巣を見てぎょっとしている。


 「でも、城山さんの言っていたように体育館に行けそうですね」

 扉の鍵はかかっておらず簡単に開きそうだ。『体育館で頭をボールにしている男子バスケ部員』はこんな話だった。



 『昔、男子バスケ部に相当性格の悪い顧問の先生がいたんです。その時代の部活動は顧問や先輩が絶対だったのをいいことに、ある男子だけに雑用をさせ、実力があっても試合にも出させず、先輩達は顧問の態度を真似して練習中にけがをさせようとしたり…。それでもその男子はバスケが好きで、いずれ良くなると頑張っていたんですど、それでも心が限界だったのか、ある日自殺してしまったそうです。その呪いなのか、翌日顧問は通勤中に交通事故に会いばらばらになって死んでしまいました。でも、なぜか頭だけが見つからなかったんです。それから夜中に体育館に行くと男子バスケ部員が顧問の頭をボールにしてバスケをしているのが見られるようになったそうです。人の頭は跳ねないですから、噂では新しいボール代わりにまた人の頭を探しているそうです。どちらにしても跳ねることはないのに…』



 慎重に扉を開けて中に入り、目立たないように伏せながら体育館を覗く。誰ももう入っていないようで埃が積もっている。体育館の床は何か所か割れているように見える。走路もいつ崩れるかわからない。今のところ男子バスケ部員の姿は見えない。


 「城山さん、下に降りるのに壇上の裏に回りましょう」

 背を起こして走路を慎重に歩く。そこらじゅうに虫の死骸が転がっている。壇上から下に降りる階段にも鍵はかかっておらず、そのまま用具入れらしきところに出た。下には小動物の糞が随所にあり、非常に不衛生だ。

 そこから檀上まで行くと彫刻刀を刺してその上に暗幕をかぶせ、男子バスケ部員が来ないうちに走路に戻った。しばらく様子を見ていると現れた。


 それがドリブルしているのは中年男性の生首だった。虚ろな目で地面に叩きつけているが、跳ねるとは思えない。拾っては叩きつけ、拾っては叩きつけ…。男子バスケ部員は繰り返しそれだけをしている。私は先ほどの暗幕に向かって適当なものを投げつけた。ガン、と音を立てて落ちたところに男子バスケ部員が視線を向ける。生首を叩きつけて拾いながら(ドリブルのつもりだろうか)暗幕の方に進んでいき、触れた途端に消えた。


 「城山さん、片付きましたよ」

 頭の上に蜘蛛の巣がついているのを指さしながら伝える。


 「あ、はい」

 蜘蛛の巣を取りながら城山さんは答える。余裕がなさそうだ。顔が青白い。


 私達は再び廊下に戻り、次の目的地である職員室に向かった。職員室が階段右手の奥にあったのは先ほど確認済みだった。『職員室に現れる足を引きずった男教師』の話はこういう内容だ。



 『旧校舎時代に、ある男の先生とその先輩の先生がいて、二人は大学時代からの付き合いだったそうです。男の先生には仲の良い奥さんがいたんですけれども、ある時から何か様子がおかしくなりました。不思議に思った男の先生は探偵を雇って調べてみたら、先輩の先生が奥さんと、不倫、していたんです。そのことは大人の話し合いで何とか解決して、離婚した奥さんは先輩の先生と再婚しました。それも一時は上手くいっていたらしいですが、長続きせず家庭は荒れたそうです。それの辺りを咎められたのでしょう。次第に昇進も仕事もうまくいかなくなった先輩の先生はある日、男の先生を襲って金属バットで打ち殺したそうです。男の先生は復讐のため先輩の先生を探して夜な夜な金属バットを持って職員室を徘徊するんです。死んだときに折れた片足を引きずりながら』



 職員室からは何の物音も特別な臭いもしない。男の先生は今はいないのか。城山さんに声をかけてから、ゆっくりと扉を開く。中は古い机がいくつか残っているが殆ど物がない。廊下よりも埃がひどく堆積しているが、その一部は床が見えていて反対側の扉に続いている。まずい。男の先生は外に出ていた。防火扉が閉まっていたから2階以上のどこかにいるだろう。いや、足が折れているなら階段は使わないか?待て。怪奇なのだから何でもありだろう。


 ガタ、


 反対側の扉が開く音がした。とっさに城山さんの手を引いて廊下に出ようとしたが間に合わずそれと対面してしまった。それはスーツを着たサラリーマンのように見えたがその目は血走っていて鼻は折れ曲がっている。口元からよだれをたらしていて、袖元に埃が付着している。右足はゆがんでおり、右手には古そうな金属バットを持っていた。それはこちらに向かってゆっくりと、しかしそれにとっては速く迫って来た。


 「逃げます!」

 城山さんの手を引いて扉から廊下に出る。どうする。逃げ切るか、隠れるか。城山さんを安全なところに避難させてからにしよう。廊下を走ると保健室が見えた。ここなら頑丈な作りになっているだろうか。そこに飛び込み、内鍵をかける。勢い余ってマスクとマスクがかすかに触れる。涙目だ。扉の前に手早く簡単なバリケードを作って息を潜める。


 壁に耳を当てながら外の様子をしばらく伺っていたが、男の先生は放送室前の廊下を往復してどこかに行ったようだ。ひとまず危機は去ったと伝えようとうつむいて座っている城山さんの肩に手を置いた。それがとどめになった。温かい液体が股下から静かに広がり、足元の床の色をゆっくりと変えていった。


 幸運なことにスカートは濡れていなかった。さらに幸運なことに保健室には未使用の下着と清拭用品が置いてあった。別の部屋に入っていたら大変だっただろう。多分、女子トイレの首吊り死体が怖くて一人で入れなかったからだと思う。すすり泣きしながら後片付けをしている姿をなるべく見ないようにしながら落ち着くまで外を警戒しつつ、そんなことを考えた。

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