第210話 揺れている(中編)
第210話 揺れている(中編)
私たちは大亀町に着いてから昼食をとろうと飲食店をGo○gleMapで探したが、近場には気分に合うものはなかった。弁当で済ませようと話し合ってスーパーマーケットに行くと、運のよいことに併設のパン屋に手作りのパンが売っていた。藍風さんが心なしか目を輝かせて、いかにも甘そうなパンのどれを食べようかと迷っていた。女の子らしい一面だった。私は手近にあったのを3個選んだ。ついでに色々買いこんで近くの河川敷に行って食べた。対岸でラジコンを飛ばしている子供たちを同じく昔の服を着た子供の幽霊らしきモノが興味深そうに見ていた。
それから、一旦借家の前を通って外から観察してみた。車から降りてそれとなく周りを歩いていると、藍風さんから1901年5月13日にアメリカで発行した新聞を今日中に手に入れる方法はあるか聞かれた。思いつかなかった。あの対応の方法に使うらしかった。今日、というのが鍵で、翌日になったら使えなくなるらしい。どうしてそうなるのだろうかと思いつつも、ホテルに行って仮眠を取った。(後でWikipediaで調べてみたが、その日の出来事を書いた記事はなかった。)
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日が落ちてもまだ薄明るいころ、仮眠明けのコーヒーを飲みながらおにぎりを食べて、風呂に入って、それから藍風さんと一緒に例の借家に行った。
借家から離れた空き地に車を停めて改めて家に近づいた私たちは、大家から預かっていた鍵を使って土足で家に上がり込んだ。幸いにも(この家を借りる人にとっては不幸にも)風通しは良く、外とそう変わらない空気が家の中に漂っていた。中には部屋が2つと後はどの家にでもあるところだけで、家具も何もなかった。
藍風さんと私は一緒になってそれぞれの部屋を見て回った。そこには怪奇がいなかった。つまり何かがあるということが分かった。しかし、何があるのかは分からなかった。私たちは話通りに家の中の何か(その時は何も見つからなかったが)が揺れるまで、車の中で待つことにした。
意識をその家に向けつつも藍風さんと話をしていて、ちょうど星座の話をしていたとき、それは始まった。家が、正確には家の中の何かが、揺れ始めた。
「始まりましたね」
和やかな空気は一変した。一気に神経が尖っていくのを感じた。私から見えているのは左右の動きに上下前後の動きが不規則に小さく加わったものだ。それが、目測で1mほどの幅で揺れている。
「何が揺れているのでしょうか…。上野さん、見えますか」
藍風さんもじっと家の方を見つめている。
「…分からないですね。すりガラス越しだとどうにも…」
「私もです。…中に入りますか」
「そうですね」
車から降りてもソレは同じように映っている。音は、しない。玄関に回って鍵を開ける。戸に手をかけて横に動かす。開いた。そこには先ほどと全く変わらない光景が広がっていた。
慎重に、敷居をまたぐ。何も起こらない。数歩前に進むと後ろからついてきた藍風さんも家の中に入って、そして、戸が勝手に閉まった。途端に部屋全体が一瞬歪み、全体が向こう側のモノになった。
「だめです。開きません」
取っ手に手をかけて力を入れてみるが、全くダメだ。
「少しよけてください」
藍風さんが離れたのを確認して、戸に跳び蹴りを叩き込む。反動でうずくまる。開いていない。足がしびれただけだ
「大丈夫ですか」
藍風さんが上から覗き込んでいる。長いまつげがぱち、と上下した。
「はい。…怪奇を何とかしないとですね」
「私もそう思います。何か見つかればよいのですが…」
藍風さんはそう言ってから少し首を傾げた。
「前の人たちはどうやって出たのでしょうか」
「報告書には何も書かれていませんでしたから、普通に出たのでしょう」
そうだったはずだ。何か書いてあったら絶対に覚える。
「そうですよね。札も…効かないですし」
藍風さんが念のため、という感じで札を貼ったが効果はないようだ。
「近場から見ていきますか」
藍風さんが玄関の横にある靴箱を調べ始めた。私も廊下のすぐ近くにあるトイレのドアを開けて、閉めずに中に入った。先ほどと変わらない。タンクの中にも上の棚にも、何もない。藍風さんの方に行くと彼女も既に玄関周りを見終わったようだった。
「何かありましたか」
「うーん、ないです」
次は、洗面所と風呂だ。戸を開けた途端に怪奇が飛び出してくるということはないだろうが、札をいつでも出せるようにしたまま戸に手をかけて、引く。変わらない。
「何もないようですが…」
「見てみましょう」
藍風さんが続きを滑らかにつなげた。




