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第204話 執念(中編)

第204話 執念(中編)


 右方から光、スマホのライトだろう、それがチラチラと見え隠れしている。集中すると荒い息遣いが聞こえてくる。


 みーさんが一歩近づこうとするのを手で制して、目配せをする。ゆっくりとしゃがんで、近くに落ちていたなるべく長く硬そうな木の棒を拾い、一歩、近づく。最悪、そう、最悪、2人を守らなくてはならない。


 (もう少しで…、来る)


 音が、近づいて…、来ない。


 (?)


 それどころか遠くなっていく。みーさんと藍風さんの方を見ると、同じく少し疑問に思っているようだ。音がどんどん遠くなっていく。そして―。


 ドシャッ!


 …転んだようだ。何とも言えない空気、しかしその中にも緊張が残っている。


 「…助けに行った方がよいでしょうか」


 「えーと…、待って、また…」

 立ち上がった音が聞こえる。しかし、音が遅く、擦るようなものに変わっている。どこかくじいたか怪我したか、わずかに血の臭いがする。ともかく…。そして―。


 ダン!


 また、転んだ。間抜けに聞こえるそれが、この場の捨てられた物の数々と、夜の、虫やカエルの声が聞こえる人気のない場所特有の静けさの中で、不気味に鳴った。一瞬の空白、そののち、重たいものが引きずられる音が聞こえ始めた。絶対に近づこうという意志が感じられる。しかし、その意志とは裏腹に、音は遠ざかっていく。


 「…」


 ガサ、カサ…


 「見に行きましょう」

 大怪我をしているなら助けに行った方がよいだろう。動かないなら仕事の邪魔はしないだろうし、これ以上のことになったら警察が来たときにどう説明しても時間がかかる。


 「気を付けてくださいねー。操られている場合もありますよー」

 みーさんが小声で教えてくれた。


 「それなら、私が行かない方が…」

 そういうのに対応できそうなのはみーさんと藍風さんだ。応急手当ができそうなのはみーさん(私と藍風さんも簡単なものならできるか?)、警察や救急と適切なやりとりができそうなのは、みーさん。


 「私も行きます」

 藍風さんがすぐにそう言うと、私の隣に寄ってきた。音はほとんど動いていないが、少しずつ遠くなっていく。


 「じゃあ、おねーさんは警察かなー。任せてねー」

 そうさせてもらおう。私が詳しく説明できる自信はない。


 話が妙な方向に転がって行っている。まず、天使の公衆電話に対応しなくてはならない。それに、藪の中の女性だ。何をしでかすか分からない。そして、その女性は怪我をしている。警察に連絡した方がよい可能性が高い。ややこしい。



 藪の中を、私が先頭になって進んでいく。といっても、あの女性以外にも危険なものはたくさんいる。ヘビや毒虫、尖った物、穴…。何があっても不思議ではない。さらにはそこに怪奇の存在も絡んでくる。その中を、這ってでも進んでいく人間の相手をしなくてはならないのかと思うと、少し鳥肌が立つ。少しずつ、草を倒してかき分けていく。


 「誰か、いますか」

 向こうに聞こえるように声をかけてみる。最も、私たちの声や足音は聞こえていただろうから、こちらの存在は分かっていると思う。藍風さんのライトの光ももう届いているだろう。


 ガサ…


 だから、返事がないことも想定通りだ。私たちの歩みの方が速い。明かりに近づいている。そして、見つけた。


 そこには、先ほど車に乗っていた茶髪の女が、頭から血を流しながらも這いずりながら動いている姿があった。両足首が変な方向に折れ曲がっている。右腕が折れている。左手にスマホを持って、ほふく前進をしていたらしい。随所に切り傷が見える。そして女がこちらを見上げて、目が合って、微笑まれた。


 「大丈夫、ですか」

 一応、声をかけてみる。


 「どこ?どこにあるの?」

 質問と答えが一致していない。


 「いや、知りませんね」

 藍風さんはこうした人間に対処できるだろうか。女はこちらの返事を聞いて納得したのか、再び動き始めた。


 藍風さんの方を見ると、懐に手を入れて札を取り出した。そうして、私の横から手を伸ばすと女の背中に貼りつけた。


 「大丈夫ですか」


 「待ってるの」

 ダメだ。


 「骨折しています!連絡お願いします!」

 みーさんに聞こえるように大声を出す。女は見向きもしない。あさっての方に進んでいる。


 「これ、掴んでも平気でしょうか」

 感染しないだろうかと藍風さんに聞いてみる。


 「うーん…。大丈夫な気がします」

 ふんわりした答えだが、何とかなるだろう。女の左腕を掴んで力を入れると、無抵抗に持ち上がった。そのまま背中を体の下に入れる。何の動きもない。本当はひもでくくって引っ張っていきたい。背中を無防備にさらしているのが怖い。

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