第201話 天使の公衆電話(中編)
第201話 天使の公衆電話(中編)
一旦ホテルに戻った後、私は時間を潰すのにスマホを触っていた。藍風さんは受験勉強をこういう細々した時間でも行っているのだろう、と思った。大変だろう。普通の人の日常と非日常を行き来する間にだ。そう言えばみーさんは何をしていたのだろうか。あの人も多芸だから、やはり意味のあることをしていたのだろう。私ももう少しきちんとしないと。
夜も遅くなり、飲み会をしていたら河岸を変えるであろう頃、私たちは例の廃棄物の山に行った。そこは周囲が山に囲まれて、人の気配がなく、明かりもまばらで、しかし道は太く、通りの良い道路から少し離れているだけで、つまり要らない物を置き去りにしてくれと言っているような場所だった。警告の看板はいくつかあったが、監視カメラはダミーの物以外見当たらなかった。利権やら何やらが絡んで対応できず、現状のままになっているのだと思う。
私たちは安全靴と耐刃の手袋という、超能力的なものからは離れた姿で車から降りた。私の後ろから差すヘッドライトの明かりが2つ不規則に揺れていた。ガイガーカウンターも強く反応していなかった。こればかりは五感で捉えられない。
そこには車、タイヤ、テレビ(それもブラウン管の)、他の家具や農具が無秩序に捨てられていた。砂利の敷かれた道にはガラス片やネジが飛び散っていた。風で揺れた木の音が人の話し声のように聞こえて、神経がピリつくのを感じた。そう、人が怖かった。一人ならどうとでもなるだろうが、藍風さんとみーさんがいるから、余計に怖かった。まあ藍風さんのよくわからないアレでどうとでもなったかもしれないが。怪奇も恐ろしいが、別の恐ろしさがあった。少し掘ったら死体が出てきたかもしれないし。
天使の公衆電話は予想していた通りすぐには見つからなかった。藍風さんとみーさんが気配を感じないと言っていたし、私が(勿論捨てられている)車の山に上って上から俯瞰しても見つけられなかった。みーさんがその辺のものに触って色々と読み取っていたが、捨てられる前の情報がほとんどであったそうだ。それでも大まかに出現する場所の当たりをつけることができたのはすごい。
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一度車に戻って待機し、日をまたいでからもう一度探しに行った。午前2時22分に何かが起こるかもしれないと期待してのことだった。
「あ」「あー」
藍風さんとみーさんが同時に声に出した。午前2時過ぎだった。
「左にある冷蔵庫の隣かなー」
みーさんが指さしながらいつもの調子で言った。しかしその顔にはわずかに緊張が見て取れる。
「そうですね」
藍風さんの方はいつもどおりだ。
それから、2人は札を手に持ち、私は緊急脱出用のハンマーを片手にして、しばらく経った。少し手持無沙汰な気がしたのは否めない。
「あ、出てきました。みーさんの言った場所に」
不意に薄く見え出した。2人にはまだ見えていない。一般的な電話ボックスだ。中の蛍光灯が点滅している。ガラスは壊すまでもなく欠けている。扉は半開きで、誰かを誘い込むようにぎい、と間欠的に音を立てている。中の電話だけが新品のような輝きを見せている。
「あれですね」
2人にも分かったらしい。少し足を引いた音が聞こえた。
「では、壊しますか」
電話ボックスは特に何かをするわけでもなく、ただそこに存在している。みーさんがうなずくのを見て、ハンマーを構えて近づいていく。
「気を付けてください」
後ろから藍風さんの声が聞こえる。何が効くのか分からない。近くの石を蹴ってぶつけると…、反発してすぐ近くに落ちた。
「難しそうですね」
ハンマーを振り上げて、下ろす。硬い感触がして、だが、当たっていない。異常に硬いゴムのような感触だ。今度は札をハンマーの先に貼って、振り下ろす。
ガン!
意外にも当たった。しかし、割れない。ヒビが僅かに入っただけだ。ハンマーを引っ込めると、ヒビが消えていった。
「報告書通りですねー」
みーさんがそう言うと、私に戻るようにと手元を小さく動かした。
「じゃ、今度は私の番ねー」
私がそこに行くと入れ違いにみーさんが電話ボックスへ近寄り、その壁に触れて情報を読み始めた。中に入っていないけれども、変に思考を操作されないのだろうか。心配だが彼女もその能力のプロ、大丈夫だろう。
「藍風さん、どうでしょうか」
隣に小声で聞いてみる。風が吹いた。
「うーん…、あまり現実的ではありませんが…。まず、あと5分後に犬の骨とフランスパンをあれの上空3000メートルに持って行くところからですね」
その続きは言わなくても大丈夫、と伝えようとしたが、その前に藍風さんは静かになった。みーさんは壁に手を当てたまま微動だにしていない。車の音は遠くからだけだ。土と金属の臭いが漂っている。
「おっと」
みーさんが手を離した。そのすぐ後に、電話ボックスが消えた。
「持って行かれるところでしたよー」
さらっととんでもないことが聞こえた。いや、私たちのしていることはそういう境界の上で立ってやっていることだ。
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