第199話 怪奇の味(後編)
第199話 怪奇の味(後編)
真っ先に分かったのは魚だ。赤身の何かだ。普通の人もそう見える。向こう側の姿もある。同じ姿だ。
「これ、日本酒ね」
熱燗とお猪口がカウンターに置かれた。ちょうどよい、聞いてみよう。
「どうも。ところでこの魚、何と言う…」
「ああ、これね、スマの妖怪だよ。たまにいる奴さ」
店主はさらっと言うとカウンターに戻っていった。まず、スマが分からない。文脈からして魚の種類だと思うが。
「スマっていうのはね、マグロとカツオの間みたいな味の魚だよ」
なるほど。
試しに一切れつまんで口に入れると、確かにその通りの味だ。醤油の味付けがよく合っている。怪奇の味はというと、何だろうか…不思議な感覚だ。味自体は同じなのだが、二重に感じるというか、密に感じると言うか…。においを感じるときと似ている。面白い。
ご飯を食べて、次はみそ汁だ。具材は普通だが、出汁に怪奇の何かが入っているのが見える。
(美味しい)
赤みそに足されているのはこれも魚の怪奇だろう。煮干しになっている姿を想像するも、元の姿が分からないのだからはっきりとしない。
煮物は…、これは普通の煮物だ。里芋の食感が良い具合に引き出ている。ご飯を口にして、漬物を1つ、これも普通のだ。キャベツにかかっているドレッシングは何かが足されている。味からして野菜の怪奇だろうか。たまねぎの形が少し残っているから自家製のものだと思う。冷たいキャベツとマッチしている。
冷や奴は、普通の人には見えないモノでできている。だから、傍から見たらただの空の皿が置かれているだけだ。そもそも、冷や奴と思っているが、本当は何でできているのだろうか。
(…)
箸をつけようとするが…、迷う。正体が不明だ。まさか豆腐小僧の豆腐だったりするだろうか。店主の方をちらりと見ると、目が合った。
「それは豆林檎だよ」
なるほど。分からない。豆は食べられる。リンゴも食べられる。だからそれらしいモノだろう。
箸で切って口に入れると、薄く爽やかなリンゴの味がした。食感は豆腐だ。しかし奇妙だ。口の中にあるのにない、硬いガスを食べているような感じがする。飲み込んで、日本酒で口を満たすとさっぱりした甘みが残った。これはよい食べ物だ。
それから私は料理を楽しんだ。ほかに客は来ず、店主の橘川さんと少し話をした。怪奇を感じることができるのは生まれつきではなく、私と同じように事故(橘川さんは自動車事故)がきっかけらしい。元々料理人をしていたからその流れ(と言うのもよくわからないが)で怪奇を食べてみたそうだ。それが美味しかったものだから、裏でこうして怪奇の料理を出しているらしい。
それから、食べてよい怪奇とよくない怪奇の違いも聞いてみたが、基本的に元が食物なら大丈夫だそうだ。橘川さんには違いが分かるのだが、そうでないなら無闇に食べない方が無難だという。
値段の方は他のメニューとそう変わらなかった。道楽でやっているから多くとるつもりはないと言っていた。
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店を出て、コンビニに寄って缶ビールと水、するめを買ってからホテルに行った。店で飲むのも家で飲むのも楽しいが、ホテルの部屋で飲むのもまた別に楽しいと思う。タブレットでY○utubeを見ながらゆっくりと時間を過ごした。適当に何度か飛んでいるうちにペン回しの動画に当たった。動きが異次元だった。机にあったペンで真似をしてみたがすぐに落とした。
それから風呂に入った。風呂の中で、怪奇を食べるとそれに同化するという話があることを思い出した。少し違うが、古事記にもよもつへぐい、つまり黄泉のものを食べるとそこから戻れなくなるという話があることも思い出した。橘川さんは大丈夫と言っていたが、普通の食べ物でも、食用にしていたものに毒があると後から分かることもあるくらいだから、怪奇についてはもっとはっきりしないだろう。風呂上がりに鏡を見てみると、舌が長くなっていたような気がした。
翌日の朝食も、昼食も特に普通に食べることができた。感覚も、筋肉も特に違和感はなかった。家に帰っても(家には護符で結界が張ってあるが)体の調子が悪くなることもなかった。
唯一変に気になっていた舌の長さだが、杞憂だった。大体毎日計っているわけではないのだから、伸びたと思っていた方が不自然だったわけだ。この味覚を怪奇関連でどう役に立てるかということだが、結局思いついていない。




