第198話 怪奇の味(前編)
第198話 怪奇の味(前編)
私はあの日以来五感が異様に発達している。これは日常生活でも便利だ。ビルの屋上に行けば地上の様子が観察し放題だし、音を拾うこともできる。スーパーマーケットに行けば一番重く、鮮度の良い魚や野菜を選ぶことができる。外食店に行けば値段相応の味かどうかわかる。何だかんだで役に立っている。
怪奇を感じることについては言うまでもない。視野の範囲内はもちろん、その外や死角でも、音と臭いで存在をつかむことができる。その怪奇を触ることもできる。その能力(?)の中で味覚はあまり役に立っていない。一応硬貨虫が口の中に入ったときにそれっぽい味がしたが、それくらいだ。後は毒見には重宝するくらいか。
と言うような話を弦間さんにしたら、そういう店を知っているから行ってみないかと連絡があった。ちょうど暇だったから行きますと返事をしたら住所と営業時間だけが送られてきた。一緒に行くのかと思っていたのだが、そう暇ではないらしい。
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店のある場所はT県の某駅から外れた所だった。車で行くのが一番時間がかからないのだが、電車で行った。乗っている間の時間を有効に使えるからだ。前の会社の人間に同じようなことを言ったことがあったが、電車が好き(違う)=マニア(ではない)、と嘘の吹聴をして、だから攻撃しても良いと正当化(それも間違っているが)して、群れで襲ってきた。忘れていないからな。そんな連中も今は何人土の下に行ったのだろうか。
目的地に夕時に着くように、朝、早めの時間に家を出た。雨が降っていた。雨粒のせいで視界はぼやけ、雨音のせいでノイズが混ざり、臭いが流れていって、雨の日はやはり動きにくかった。水中の方がやりやすい気がする。
電車に乗っている間、私はタブレットで小説を読んだり、窓の外を見てそこに住む人の生活を想像したり、飽きてスマホで適当に調べ物をしたりした。カルツァ=クライン真空モデルによると無限の宇宙で無の泡ができる確率は100%だから時空が崩壊するとかしないとか、よく分からないが宇宙はロマンに溢れている。
昼食は途中の駅で降りて、そこでラーメンを食べた。どこにでもあるような味で値段相応だけれども、腹を満たすには十分だった。
そうしてT県の某駅に予定よりも遅れて着いた。電車の遅延で乗り継ぎが上手くいかなかった。半端に空いた時間は買いもしないお土産を眺めて(重さの割に高いと思った)、本屋の表にある本を知った感を出しながら立ち読みして、それから目の前を通る人を見ていた。その中に人の振りをした怪奇が1体いた。イタチだった。それから、恰幅の良い買い物帰りと思われる中年女性の肩にはっきりと老人が憑りついていた。他の人にも見えていたようだ。少なくとも道の端でやっていた占い師には見えていたようだ。十中八九無許可だろうが。
駅を出たときはまだ小雨が降っていた。すぐ近くの繁華街からは美味しそうな油の匂いが漂っていた。そちらに行きたい気持ちもあったが、それを背にして、例の定食屋に行った。一度行ったから道は大丈夫だと思うが一応。駅から出て左折し、寺があるからそこの横を通って、コインランドリーのすぐ先にある。
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そこはごく普通の、地元の人や近くのホテルの宿泊客が利用するような定食屋だった。ただし、店の扉は不透明で、営業中の札がかかっていなければ開いているかわからなかった。最も営業中であっても、常に店主がテレビを見ているような所に行って、自分1人のためにわざわざ厨房に入らせて、見られながらまずいものを食べるのは嫌だから、不透明の扉の店には入りにくい。この店には目的があるからというのと、営業中の札が向こう側の何か(怪奇をすり潰したもの?)で書かれていたからというのでためらわずに入ることができた。
「いらっしゃいませ」
店主がカウンターの中から声をかけてきた。促されるままにカウンターに座り、メニューを見る。
『肉定食 魚定食』
シンプルなメニューだ。その日にとれた物で決めているのだろう。
「魚定食ください」
「魚ね」
店主が奥に引っ込んで、調理をする音が聞こえ始めた。セルフサービスの水とおしぼりを取って席に戻るとすることがなくなった。スマホを取り出して7SUPに来ていたものに返事を打って、明日の昼食をどこで食べるか探していると、音が止んだ。出来上がったようだ。
「お待たせしました」
店主がお盆に載せて料理を持って来た。そこには、ご飯、わかめと麩のみそ汁、ナスの漬物、冷や奴、それからマグロに似た魚を焼いた物、キャベツの千切りにトマト、里芋と人参、インゲン豆の煮物があった。
「どうも。あ、あと日本酒」
この料理なら合うはずだ。
「はいよ」
目の前にある料理は一見普通そうだ。が、違う。




