第197話 逆さおじさん(後編)
第197話 逆さおじさん(後編)
先行した私が見た2ブロックほど離れた所にいるそれは、一目で幸福をもたらすはずがないことが直感的に分かった。手の甲を下にして逆立ちをしているソレは坊主頭の痩身で、首が長いのか、背中側に向いた顔には濁った瞳とよだれを垂れ流している口、どうバランスを取っているのか背中から足先までが一直線になっていて、そして、何より、全裸だ。
「待ってください」
藍風さんの足をとっさに止める。見て良いものではない。今は背中を見せているが、反対を向いたら…。逆さおじさんはこちらには気づいていないようだ。
「何かありましたか」
後ろから藍風さんの声が聞こえる。
「います」
やや迷ったが、言わないで隠す方が変な誤解を与えるだろう。危険を抱え込んでいるだとか。
「全裸です、逆さおじさん」
「そうですか」
平静を装っているが、音などからするに多少は恥ずかしがっているようだ。
ピタ ピタ
濁った眼を左右に動かしながら、こちらにゆっくりと近づいて来る。
「とにかくいることは分かりましたし、あとは…」
周囲に人の音はしない。人家の明かりは点いていて、テレビの音が漏れ聞こえる。もし、誰かがコンビニに行こうと外に出たら、出会ってしまうのではないだろうか。そうなったときは…。
「そうですね…、もう少し情報を仕入れたいところですが…」
言い淀んでいる。怪奇とはいえ、本心では見たいものではないのだろう。見せたいとも思わない。
「大丈夫ですよ。藍風さんは離れて待っていてください」
「はい」
藍風さんが離れた音を聞いてから、そっと数歩、逆さおじさんに近づく。札を隠した懐に手を入れながら、様子を観察する。
ピタ ピタ
動きに規則性はない。家の明かりにも、隣の道を走る車の音にも興味を示していない。茂みに隠れている猫にも反応していない。猫の方も気がついていない、のだろうか。路肩に落ちていた空き缶を手に持って向こうに放り投げてみる。
カラン
ピタ
ソレの動きが止まった。その目は空き缶の方を向いている。
(どうする…)
これ以上の情報を得るのは可能だ。アレの移動も遅いから容易に逃げられる。しかし、本当にリスクに見合うのだろうか。私がそれを負うことは依頼料に見合っているのだろうか。
不確かで不透明なことが多い怪奇に対して情報が増えることは、それと対峙する者にとっての安全が増すことと同じだと思う。訳の分からないものに対応するときは十分すぎるほど疑うべきだろう。アレも札が有効かわからないし(大抵効くが)、首を落として死ぬかもわからない。どうなるかわからない。例外は藍風さんの能力だ。その対応は絶対だ。
ピタ ピタ
缶に近づいている。そして、消えた。
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逆さおじさんはどこかに隠れていたわけでもなく、いなくなっていた。注意しながらその場に近づくと、缶には歯型が着いていた。念のため札を貼っておいて、藍風さんに連絡を取って、もう一辺周りを調べたが、ソレを見つけることはできなかった。
そうしているうちに空が明るくなり、私たちは車に戻った。協会に連絡を取って、駅前のそば屋で朝食を食べてから、文松町に戻った。朝から外食できる場所は何かと重宝する。コンビニのものでもいいけれども、飽きるし、人の手作り感のあるものが食べたい。運転中、藍風さんは眠たそうにしていたが、明るい中で寝付くこともできないようで、窓の外を眺めていたり、私と話をしたりしていた。
藍風さんを家に届けて、それから自宅に戻り昼食を食べた。期限付きの依頼だと冷蔵庫の整理をしなくてよいから何かと楽だ。硬貨虫もご機嫌のようだった。消化するまで特撮ものを見て時間を潰した。
ヒーローが颯爽と現れるさまを見ながら思った。私たちのしていることは正義の味方ではない。だから、もし逆さおじさんに誰かが追われていても、他の人よりほんの少しだけましに助けに行くことしかできない。札をぶつけるか石をぶつけるかだろうか。逆さおじさんがもっと強いモノだったら?助ける義務はあるのだろうか。自分の身を呈してまですることだろうか。
怪奇抜きならどうだろうか。答えは分かりきっている。それなら、怪奇が絡んでいたとしても同じだ。
子供の頃に見ていた特撮は大人になってから見るとまた違う面白さ、個々のキャラクターの魅力を感じた。もちろんヒーローの変身や必殺技もかっこよかった。1人で盛り上がった後、布団に入って朝まで一気に寝た。
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