第195話 逆さおじさん(前編)
第195話 逆さおじさん(前編)
この間、シマヘビを見た。その数日後にヘビ(種類は不明)の子どもを見た。色々な所に行っていると様々な生物を見るけれども、蛇を見るとわくわくするのはなぜだろうか。後はクワガタムシなどもそうだ。少年の心がそうさせているのだろうか。怪奇云々とは別に、つい捕まえてみたくなる。珍しさがちょうど良いのだろう。
それから、今度、藍風さんと一緒に依頼を受けることになった。その話をしたときに上記の話をしてみたが、「うーん………よくわからないです」と言われた。分かると言われたらそれはそれで驚いたと思う。
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当日、朝食を食べてから家事を程々に終わらせて、残り物をまとめて昼食にした。それから勉強をした方が良かったのだが、気が乗らず、動画サイトでホラー映画「残酷さん」を見た。よくある、いつの間にか人がいる!、というもので、怖いかと言われると今の日常の方が怖い、くらいに思っていた。しかし、見終わった後から戸の向こうの部屋や鏡の中、机の下などが変に気になるようになった。確かに、死角に人(と同じ形のモノ)が急に現れたら怖い。
そうした気分を晴らすのに別の動画を見ていたら、藍風さんを迎えに行く時間になっていた。車のエンジンをかけて走らせ始めてから窓を開けると、気持ちの良い風が入ってきた。藍風さんの家の前で到着の連絡を入れると、彼女が玄関から出てきたのが見えた。
「よろしくお願いします」
運転席側の窓を覗き込むようにして藍風さんが言った。すぐに車に乗れるように助手席側を門の方に停めているのにだ。窓が開いていたからこちら側まで来たのだろう。多分。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
私が返事をすると藍風さんは「はい」と言ってから私の前を通って回り込み、助手席側のドアを開けた。それから荷物を後ろに置いて座席に腰掛けた。ツァップさんと依頼に行ったことは既に連絡してあるから、特に何も言われないだろう。
「藍風さん、夕食は何がよいですか」
車を動かし始めて、何か話題がないかと考えたが、思いついたのがこれだった。用があったら(なくても)連絡しているから、新しい話題は昨日今日のものしかない。
「そうですね…、和食がいいと思いますが、上野さんはどうでしょうか」
「私も同意見です。では、和食にしましょう」
話が終わった。お互い沈黙が苦にならないから、それでも問題ない。藍風さんは受験勉強をするだろうから、その方が良いのかもしれない。
「上野さんは高校受験、どうしましたか」
ちらりと藍風さんを見ると、こちらに目を向けているのが見えた。ちょうど他人のそういう話を聞きたい時期なのだろうか。
「私はですね、公立高校にペーパーテストで入りました。併願はできなかったので結構緊張しましたが、終わった後は楽になりましたね。…時代も、県も違う話でですみませんね」
「いえ、ありがとうございます」
多少でも何か役に立ったならよいのだが。
それからは基本的に沈黙、たまに短い話をしながら高速道路に乗り、T県のT市に向かった。
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今回の依頼者は協会だ。依頼内容は逆さおじさんの噂の真偽を確かめてほしいというものだ。
T県T市の山田地区の、主に小学生の間で逆さおじさんが出るという噂が立っていた。逆さおじさんはその名の通り、逆立ちして歩くおじさんで、夜中に出歩いていると出くわすらしい。目が合うと無言で追いかけてくるが、何しろ手で歩いているから速度は遅いという。
噂は既に廃れかけているが、実際に会ったと言っていた児童がいることや、家の窓から見たと言っていた児童がいる(なおこの二者に接点はない)ことで、協会が何故か目を付けた。
逆さおじさんがいたら詳細を報告する、それだけだ。この話が来たときに、ああ普通の話だ、と思ってしまったが、そもそも怪奇の存在自体普通ではない。楽な依頼ではあると思うが。児童たちへのヒアリングは近くの協会員が行うし、本当に夜歩いているかどうか確かめるだけだ。それも、期限付きのだから予定が立てやすい。
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夕食は高速道路を降りた後にホテル近くの定食屋で食べた。2人とも焼き魚定食を選んだ。脂が乗っていて美味しかった。藍風さんはいつも魚をきれいに食べる。親近感が湧く。
その後ホテルにチェックインしてすぐに山田地区まで車で行った。事前に調べていた通り道が狭かったため、一旦車を停めて歩いて辺りを探索することにした。




