第191話 廃坑(前編)
第191話 廃坑(前編)
幽霊の正体見たり枯れ尾花、と言うことわざがある。怖いと思っていると枯れ尾花、つまりススキの穂でも幽霊に見えるという意味だ。私の場合、そう思っていなくても目に入るが。ただ、物の陰から何かが飛び出したり、目の端で物が揺れたり、そういうことがあると怪奇か?、と疑う癖が出ることがある。一旦疑い出すとキリがない。私たち能力者の視点だと、民衆に殺人鬼が混ざっているのが見えるようなものだから、多少神経質になるのも無理はない気がしている。気にしていないときは気にならないのに(それにそもそも怪奇を感じることができる前は何とも思っていなかったのに)、一度気にし出すと無意識に脳が傾く。
まあ、よく考えてみれば、すれ違う人たちの中に殺人鬼がいてもわからないし、致死性の猛毒を持つ生き物が足元にいてもそう気付かないし、それより小さいものは言わずもがなだ。そういうのがいることをすぐに証明することは普通は難しい。いないことを証明するのは簡単だ。取り除けばよいわけだ(厳密には確率の話になるのだが)。
こういうしょうもないことを考えたのは、ツァップさんと一緒に行った廃坑跡でそうした体験をしたからである。
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その日は天気が良く、朝、窓を開けたときに吹き込んできた風には草と土の香りが混ざり合っていた。いつもの朝食(ご飯、目玉焼き、漬物)とよく合っていた。こういう時に日本人で良かったとしみじみ思う。
それから、荷物をまとめて車に乗ってG駅近くまで行った。G駅に近づくにつれて道が混んできて、思うように車が進まずもどかしかった。普段は電車で行くから平日の通勤時間帯の混雑に慣れていない。ツァップさんの泊まっている(というより住んでいる)ホテルに着いたときはようやく渋滞から多少なりとも逃れられるとほっとした。(その後またすぐに混雑に加わることになるのだが。)
「おはよ!」
ツァップさんは今日も元気だ。日本語も上達している。少しだぼついた登山服を着ているが、元々の線が細いからそう見えるだけだろう。
「おはようございます。まあ、乗ってください」
「よろしくお願いしマス」
車のシートに座りながらツァップさんはぺこりと頭を下げた。テレビか何かで見たシチュエーションなのだろうか。
「こちらこそ勉強になります」
しばらく車を走らせている間、ツァップさんと私はとりとめもない話をしていた。何度目かの会話に間ができたとき、ちょうど赤信号に引っかかった。
「ツァップさん、そう言えば、もう日本語がお上手になったのですから、他の能力者と組むこともできるでしょう」
ふと思い立って話題にしてみた。
「そうデス。でも、前も一緒にしていたから、そっちの方が楽しいデス。あと…」
えへへ、と顔に書いてあるような、照れた表情がウインドウに反射している。楽しい、か。確かにそうだ。効率だけを追ってそういうのを忘れがちになることがままある。後は、お互いに知った仲だと仕事がやりやすいということもあるだろう。
自分もそう思う。
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今回の依頼はツァップさんが協会のホームページから探した。少し前にこの件と関係のある単語について尋ねられたから、そうやって募集要項を読んでいたのだと思う。細部はみーさんがチェックしたのだろうか、それとも見切り発車したのだろうか。後者の可能性が高い。幸いにもさほど危険でない内容だったが。
依頼者はG県の照井沢町だ。そこにある廃坑に敷次郎が現れ始めた。敷次郎は長く採掘されている鉱山に現れる、坑内に住んでいる有名な怪奇だ。蒼白な面持ちで他の作業員と同じ服を着ており言葉は一切通じない。
ソレらはかつてそこの鉱山に出現していたらしい。鉱山が潰れてからしばらくして姿を見せなくなったが、最近、何故か再び出現したそうだ。
私達がすることは事前調査だ。数の確認、既知の報告と一致しているかなどを確認して、もし人里にすぐ下りてくるような兆候があったら何とかして食い止める、そう言ったものだ。探索範囲もそう奥まで行く必要がなく、坑内の物理的な安全もある程度確保されている。
ただ、場所が相当奥地であることと、周囲に人家がほとんどないこと、夜間も含めて調べる必要があることから、車中泊が必須だが。
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