第19話 新校舎の七不思議(後編)
第19話 新校舎の七不思議(後編)
3つ目の七不思議を対処したが今のところ江崎さんから見れば私が暴れまわっているように見えてしまうだろう。逆に言えば夜の暗い学校として現実的に怖いのであって、怪奇による恐怖はまだ感じていないようだ。
「江崎さん、3階に七不思議が出るところは残っていますか」
「あ、もう3階にはないです。4階に視聴覚室と音楽室があります。あと1階に保健室も」
「それなら上に上がって2つ先に終わらせましょう」
私達は一度通った廊下を戻り、例の大鏡の七不思議があった階段を上った。踊り場の大鏡は特に何もなく設置されていたが(階が違うので)、単に鏡を見るだけでも不気味だった。上った先にはすぐに視聴覚室が見えた。『視聴覚室のPCは殺人鬼がつくったHPに繋がる』はこんな内容だった。
『視聴覚室にあるパソコンは何故か殺人鬼がつくったホームページにつながることがあるんだって。あるパソコンでインターネットをしていると勝手にページが移動して殺人鬼が作った殺人記録のHPが開かれるんだ。それを見た人は魅入っちゃって目が離せなくなって、最後まで見ると殺人鬼が出てきて殺されちゃうらしいよ』
「ここから行きますね」
私は江崎さんに合図するとドアノブを回して手前に引いたが鍵がかかっていた。この扉は教室のものと違って蹴破るのは無理そうだった。
「開かないですね。鍵を職員室から持ってきますか」
鍵があるならそこだろう。
「あの、鍵は掃除当番のクラスが持っているかもしれないです。すぐそこのクラスだったはずです」
「なら、そのクラスを探してみましょうか」
近くの教室には特に何もいなかったため私達は鍵を探すことにした。どこにあるだろうか。掃除用具入れにもない。当番の人を座席表と掲示板から特定して机を漁ってもない。教員の机の引き出しを抜いてひっくり返してもそれらしい物はなかった。
「見つからないですね。職員室に行って鍵を持ってきてからにしますか」
教員の引き出しの中身を探している江崎さんの背中に話しかけた。
「あ、ここ沢田先生のクラスだ。なら、ここにあるかも」
引き出しの中身から担任がわかったのだろう。江崎さんは引き出しの抜かれた机の裏に手を入れるとごそごそと手を動かし、鍵を取り出した。
「江崎さんがいると頼りになりますね」
江崎さんは最初張り切ってはいたが、多分あまり活躍できていないと思っているし、怖くなってきているのだろう。一人では相当手間取っていただろうから、そんなことはないのに。
「先生、こういうところ面倒くさがりだから」
呆れたように言いながらも照れているようだった。
視聴覚室の鍵をそっと開けて、中を覗いた。視聴覚室という名前の割にはPCが教室の机のように並んでいて、いわゆるPC室のようであった。天井には数台のモニターが取り付けられていた。自分の時は頑丈そうな箱にブラウン管を置いていて落ちたら危なそうだと常々思っていた。熱対策だろう、エアコンがこれも天井に取り付けられており、窓にはサンバイザーがかかっていた。扉側には教員が使うであろうPCと机が置いてあった。
「問題はどのPCがアクセスできるのがですが…その点は心配しなくてよかったですね」
1台のPCモニターから光が漏れて暗い教室内で不気味に存在感を放っていた。
「江崎さん、その辺にいるかもしれない、気を付けて」
口早に言うと江崎さんを背にかばい、私は辺りを見回した。集中しても何も見えない。後ろからつかまってきているのは江崎さんだろう。壁を背にしながら遠回りしてそのPCに近づく。画面は見ないようにしながら周囲を見たが何もいないようだった。
「江崎さん、いなさそうです」
そういうと江崎さんは恐る恐る手を離した。私はようやく自由になった体をゆっくりと限界まで伸ばし、キーボードをつかんだ。そして藍風さんのメモ通りの長々とした意味不明な文字列を打ち込んだ。最後の文字を入力してEnterキーを押すとPCから漏れる明かりは消え、辺りは再び闇に包まれた。江崎さんは懐中電灯をなんとか点けて「お、終わりましたか?」と聞いてきた。
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視聴覚室から出た私達は音楽室に向かった。音楽室は、これも第1音楽室と第2音楽室があって、丁度美術室の上にある。もっというと理科室の2階上でもある。そんなわけで見た目だけは見慣れた廊下を再三進んで音楽室前まで行った。『第1音楽室の肖像画は人の悲鳴を楽器にして音楽を作る』はこんな内容だった。
『第1音楽室に昔の音楽家の肖像画が何枚も飾ってあるよね。昼間に見ても不気味だけど、暗くなってからだともっと不気味だと思うんだ。で、夜中に肖像画から描かれている人達が抜け出して、音楽室に来た人を拷問してその悲鳴とか骨の折れる音とかで音楽を作って演奏するらしいよ。死ぬまで色々な拷問をされるのは怖いよね。え、どんなのかって。わからないよ』
第1音楽室にもやはり鍵がかかっていた。この部屋のつくりは第1美術室と同じなのでまたもや同じように近くの教室から机と椅子を持ってきて上の窓から中を覗いた。そこは、ごく一般的な音楽室だった。楽譜立てが隅に並べてあり、机と椅子は少ししかない。楽器類は準備室か、隣の第2美術室にあるようだ。そこにも入りきらなかったのか、分厚い布がかけられた楽器(木琴や鉄琴だろうか)が脇に寄せてあった。件の肖像画は教室の背面側に並べられていた。私でも名前を聞いたことがある音楽家たちだった。その絵は表面がぼやけているように見えて、今にも飛び出す準備ができているようだった。私は机を降りて理科室から持ってきたアルコールランプに火をつけた。
「何をするんですか」
江崎さんが心配そうにささやいた。流石に火を見て何をするのか怖くなったようだ。
「ああ、大丈夫ですよ。大したことありません」
私は江崎さんを安心させると、再び助走をつけて扉を蹴り飛ばし、アルコールランプを持って中に入るとハサミで火を切った。肖像画から現れた人物たちが一斉に私に襲い掛かってくる。やはり藍風さんの能力を信用していても恐ろしい。教室の外で江崎さんが悲鳴を上げていた。私は襲ってくるそれらを無視して火を切り続けた。自分に肖像画の手がかかりそうになるが、寸ででその姿が消える。何度か切っているうちにその数は次第に減って行き、アルコールランプの中に吸い込まれていく。最後の姿が見えなくなったところでアルコールランプに蓋をして火を消し、札を貼って机の上に置いた。
「あれ、あの、さっきの人達はどこに行ったんですか?」
教室から出た私に江崎さんがパニック気味に話しかけてきた。
「あれらはアルコールランプの中に封印しましたよ」
それを聞いた江崎さんは音楽室から益々距離をとりガタガタと震えた。
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最後の七不思議の舞台である保健室は1階にある。江崎さんからそう聞いていたが、もう限界のようだ。まずは生徒会室に彼女を送って、一人で行こう。
「江崎さん、もう後は大丈夫ですから、先に生徒会室に行っていていいですよ。送っていきますね」
「あ、ありがとうございます。実はもう怖くて。ごめんなさい」
江崎さんはほっとした様子でこちらを見つめていた。緊張が緩んだのか涙目で少し微笑んでいた。
「でも人体模型はうろついているようなのでこれまで通り行きましょう」
「は、はい…」
流れるように怯える顔になった。
教室の前を通りながら北側の廊下を歩く。北側の廊下からは中庭とそこに面している教室や廊下が見えた。それらしいモノは見えなかったが向こうからも見られることもあるだろう。なるべく教室側によりつつ、ゆっくりと辺りを伺いながら渡りきり、左折して西側の廊下に進路を変えた。そのまま注意しつつ震える江崎さんを励ましながら廊下を渡り切り、ようやく西側の階段までたどり着いた。そのときだった。南側の廊下、つまり、私達が来た側と別の方向から何かの姿が見えた。人体模型だ。
「江崎さん、階段を下りて生徒会室に行ってください。ここは私がなんとかします」
「で、でも…」
「大丈夫だから、早く行って!」
私が強めに言うとようやく足が動いたようで階段を駆け下りていく音が後ろから聞こえた。
人体模型の首がカタカタとこちらを向き、体がそれに合わせて方向を変えた途端、私の方に向かって走ったような速さで動いてきた。足の関節は動いておらず左右に体を揺らしていたが予想以上に速い。
(何とかするしかない…)
理科室から持ってきた鉱石を投げつけてみる。それは人体模型に当たったがダメージはないようで動きに変化はない。どうする?ここで札を使うか。いや、壊すか。近くにかけてあった体操着入れに遠心力をつけて顔面目掛けて叩きつける。人体模型は反動で倒れていき、私は起き上がる隙を与えずその体を持ち上げる。その両手が血に濡れていてぬらぬらと光っているのが見える。首がカタカタと音を立てて私の顔を覗く。思わず怯みそうになったが自分を奮い立たせ、勢いよく窓ガラスに叩き込んだ。
窓ガラスが割れ、人体模型は外に落ちて行った。右手がズキリ、と痛む。ガラスの破片で手を軽く怪我したようだがハンカチを当てておけば血は止まるだろう。
「そうだ、人体模型は―」
窓の外を覗き見ると人体模型は下に倒れて動いていなかった。落下の衝撃で手足が取れており、内臓が辺りに散らばっていた。念のために近くの教室から机をいくつか持ってきてそこ目掛けて落としていった。人体模型からはもう怪奇を感じなくなっていた。どうやらうまく行ったらしい。藍風さんのやり方とは違ったが。
(江崎さんは無事生徒会室に着いただろうか)
ふと気になる。七不思議のせいで他の怪奇が感じられない以上、トラブルはないと思うが。私は保健室に行く前に2階の生徒会室によることにした。階段を降りて行く。2階に着いたとき、生徒会室の前に何かがうずくまっていた。江崎さんだった。江崎さんは生徒会室の壁に背を向けて体育座りをしてうつむいた。怪奇が化けているようではなかった。
「江崎さん」
私が声をかけながら近づくと彼女は立ち上がり、走って抱き着いてきた。
「う゛、う゛え゛の゛さーん」
突き飛ばされそうなくらいの勢いでしがみついて来る。本当に薄いながらも柔らかい感触が押し付けられてくる。シャンプーの匂いか、大分時間がたっているはずだが、わずかに香って来る。顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。よほど怖かったのだろう。頭を撫でて落ち着かせ、何とか話を聞き出した。
「生徒会室が開かないんです…」