第2話 説明
第2話 説明
ひとまず自宅に戻り、シャワーを浴びた私は、朝食をとった後メールをチェックした。既に少女から連絡が入っていて、今日の14時に添付ファイルの場所で会えないかと書いてあった。私は「わかりました」と簡単に返事し早めに指定された場所へ向かった。
(ここか)
そこは純喫茶だった。私が住む文松町にある唯一の駅、文松駅前から徒歩5分程度、地元の人でも知らなければいかないような路地の隅にひっそりとあった。窓にはサンバイザーがあり、外から中が見えないようになっていた。
「いらっしゃいませ」
中に入ると店員が静かに言った。少女はまだ来ていなかった。早く着きすぎたようだ。私はメニューをちらりと見ると目についたコーヒーを注文し、しばらく店内を観察することにした。
店内には20席くらいあるだろうか。客は私一人で、2人掛けのテーブル席に座っている。コーヒーの落ち着く香りが漂ってくる。サンバイザー越しの太陽光がわずかにさして、流れている洋楽とマッチしている。店員は30代くらいの男性で、寡黙そうな顔をしている。
「ブレンドです。お待たせしました」
コーヒーは素人でもおいしいとわかる味だった。値段も手頃でいったいどうして流行っていないのは分からないが、また訪れようと思った。コーヒーをカップ半分ほど飲んだころ、少女は現れた。
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「こんにちは。藍風です」
「こんにちは。今日はよろしくお願いします」
少女はこの辺りでよく見かける制服を着ていた。典型的な上下紺色のセーラー服に白いシャツが袖口からわずかに覗いている。胸元には赤いひもリボンがきちんと結ばれていて、少女のまじめさを表しているようである。ほっそりとした脚に紺の靴下を履いていて、革靴ではなく、スニーカーを履いているところがかわいらしいと思った。少女は「いつものをお願いします」と店員に言い、席についた。さて、何を聞こうか。
「改めて、夜にも自己紹介しましたが、私は上野良冬と言います。普段は会社員をしていますが」
と、私は小声になって少女に尋ねた。
「ここで、昨日のようなことを話しても大丈夫なのですか?」
「はい、ここのマスターはあなたのように怪奇的な体験をしていますし、口が堅いので問題ないと思います。それなのにこちらがしていることには興味を持っていないので何を話しても大丈夫でしょう」
なるほど、人が来なくて、マスターに話を聞かれても大丈夫なここはこう言った話をするのにうってつけだ。私は再び少女に質問した。
「まず、昨日のX?はなんだったのですか?封印の方法を知っていたということは情報がもともとあったと思いますが」
「ええと、正体はわかりません。わかっているのは数十年に1度現れること、男性と会うと1時間ほどしてから襲いに来ること、女性のような顔に手足が何対も生えていて四つん這いで動く、ということです。封印の仕方が何故わかるのかは私にもわかりません」
藍風さんはちょうど出されたコーヒーを飲むと続けた。
「私がわかるのはどうすれば封印できるのかだけです。その筋の人と何度か会ったことがありますが、私のやり方は正攻法とはかけ離れていて意味が分からないそうです。ただ、そこでそれを使ってそういうことをすれば効果ある、ということがわかるのです」
わかったような、わからないような話だが、多分この質問を続けても答えは返ってこないだろう。本人も少し困ったような顔をしているように見える。
「藍風さんはああいうことを普段から行っているのですか?」
「はい。たまにですが。普段はああいうものを無視していますが、依頼があったら対処するようにしています。Xはたまたま近所だったので知り合いから私に話が回ってきました」
「つまりああいう怪奇的なものは今でもあって、対処している人たちがいるということですか」
「そうです」
現実感のない話に理解が追いつかないが、昨夜の出来事は紛れもなく現実で、崖から落ちたときの傷が痛む。妙な間が空き、私はごまかすようにコーヒーを口に入れた。聞きたいことは山ほどあるが、いったい何を聞いたらよいのか考えていると藍風さんの方から質問をしてきた。
「わたしも聞きたいことがあります」
「何でしょうか」
「あなたは昨夜初めて怪奇を見たと言っていましたし、ほかにも闇の中で妙に目が利いているように見えました。何かきっかけがあったのでしょうか」
「確かに、言われてみると闇の中だったのに藍風さんの姿ははっきり見えたし、あの棒が赤いのもわかりました。他にも耳と鼻が異常に利いたようにも思います。なぜなのかはわかりませんが、昨夜神社に向かった辺りからが関係しているのだと思います」
「そうですか。今は見えますか?」
「そういえば見えないですね」
「ちょっと窓の外を見てもらえますか」
言われた通り、サンバイザーをよけて窓の外を見る。一風変わらない路地の光景だった。
「怪奇を感じようと集中してもらってもいいですか」
怪奇。昨夜のXを想像する。あの時の感覚を集中して思い出す。すると、路地の隅に黒い靄のようなものが見えてしまたった。と、同時に店内のBGMの他に「ァ、ァ、」つぶやくような声が聞こえ、いくつものコーヒーの香りが漂ってきた。
「見えました。それと変な声も…」
「やはり、上野さんは昨夜から怪奇側に近づいてしまったようです。感じられたり、できなかったりするのは集中すれば切り替えられるでしょう」
まじですか。
「それよりも、ご相談があります」
少女は意を決したように言った
「私と組んでもらえませんか」
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藍風さんの目がじぃっとこちらを見つめる。かわいらしい。思わず目をそらしそうになる。なんとかこらえる。
「助けられた恩もありますし、怪奇にかかわってしまったらそちら側にどちらにせよそちら側にいくことになるでしょうが、何をするのでしょうか」
「はい。具体的にはまず未成年一人ではできないことをしてもらいたいと思います。車の運転やお酒、煙草の手配など怪奇に対応するのにできないことがあります。未成年一人で僻地にいたりや深夜に行動しているととても目立ち、警察に補導されかけます。だから近場しか対応できていなかったのです」
「それから、意外かもしれませんが、怪奇を感じられる人は完全には少ないです。上野さんにできることは他の霊能力者が大変な練習をしてようやくできるかできないかといったものです。彼らにとって私のやり方は異端なので、能力があって、偏見のない方とがやりやすいのです」
「なるほど。そういうことなら是非やりましょう」
どちらにせよ巻き込まれるなら、初めて会った人とした方が楽だろう。藍風さんは嘘は言っていないようだし、今言ったことを一人でするのは大変だろう。助けてもらったお礼も兼ねて一緒にやっていった方がよい。ただ…
「ただ、普段は仕事をしているので、あまり協力できないかもしれませんが大丈夫でしょうか」
「はい。大丈夫です。私も普段は中学校に通っているので、基本的には平日の夜か休日に活動しています」
中学生だったのか。それにしては小柄で薄い。
「そういうことなら、大丈夫ですね」
「それでは、今日からよろしくお願いします。私に依頼があったら上野さんにも共有して、二人の予定があったらやりましょう」
藍風さんは嬉しそうにそういうとちょうど出されたパスタを食べ始めた。一口勧められたが確かにおいしかった。そのあと私たちは簡単な自己紹介をしてほどなくして別れた。
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話していて分かったことは、藍風さんが中学2年生で一人暮らしをしているということ、部活には入っていないが生徒会に所属していること(生徒会以外は部活が必須なので、と藍風さんは言っていた)、駅近くの屋敷に住んでいること等、であった。知らない人にこんなに教えてよいのか、と聞いたら、
「上野さんは信用できますから」
と、嬉しいことを言ってくれた。それで個人情報大丈夫なのかと思っていたら、顔に出ていたのか、
「それに、依頼を受ける上で必要ですし、既に霊能力者の一部には知られています」
と、何とも言えないことを言われた。
代わりに私も、26歳の会社員で別の地方出身であること、上京して大学に行き、文松町から田舎へ車で向かったところにある会社で働いていることを伝えた。
家に帰るとスマホがいつの間にか直っていた。帰りにもらった護符を家に貼って、夕食を食べた。試しに集中して見ると、幸いなことに家には怪奇らしいものはなかった。(ただ、窓から見える茂みには、動物らしきものが見えてしまった。)一体今後どうなるのだろうか。藍風さんはいつもあんなことをしていて大変じゃないんだろうか。怪奇は今までも身近にあったのか。知人にも感じられる人がいたりしたのか。翌日が仕事だというのにこの日はくたびれていたのか、考えことをしていたおかげか、すぐ眠ってしまった。