第188話 ミニチュア(後編)
第188話 ミニチュア(後編)
ふと気がつくと妙な場所にいた。夢だとすぐに分かった。私が夢を見る場合、その殆どが明晰夢で、そうと分かるのが定石だった。常識と異なるものが夢だ。そこを行くと、怪奇の存在を知って知覚できるようになった今の日常こそが夢なのかもしれない。
そこは、広い洋風の部屋だった。窓から見える景色はどこかの街中で、調度品の他には扉が一つあるだけであった。そして、何故か、そこがフランスであると分かった。行ったこともなければ第二外国語で履修した言葉も違うのに、何故か、だった。自分の格好は寝間着も、フランスらしい服装でもなく、普段のものだった。
扉を開けた先には絨毯の敷かれた廊下と下に続く階段があった。壁には古めかしいいかにもな貴婦人の肖像画がかけられていて、目が合うと微笑みかけてきた。集中しても像が二重になることもなかった。絵画に蹴りを入れると(今思えば、本当にフランスにいたのなら、極めて失礼なことをしてしまった)、普通に壊れた。十字に破いても仕掛けも何もなかった。これで夢と分かった。いつものように探検と読書をしようと階段の下へ降りて行った。その途中、何かの物音が、つい先ほどまでいた上の階から聞こえた。
(何だ?)
音の鳴るようなものは何もなかったはずだ。まあ、夢の中だ。何が起こっても不思議ではない。
壁際に寄り、そっと音のした方を窺う。夢の中でこうすることが意味があるのかはともかく、まずは日常に沿った行動をとってしまう。だいたいこれで上手くいく。
トン、トン…
足音だろうか。方向は一定ではないが、確実にこちらに近づいている。五感を集中して、その正体を確かめようとすると―。
(ああ、多分そういうことか…)
音のした方へ警戒しながら近づいていき、角を曲がった先には―。
「あれ?上野さんじゃない!」
宍戸さんがいた。私の嗅覚はこういうときに役に立つ。踊り場にあった花瓶で殴りつけなくてよかった。
「こんばんは」
場違いであってもつい挨拶をしてしまう。異常に慣れてしまったからだろうか。
「あれ?、え?、どういうこと?」
宍戸さんの方は混乱中だ。無理もないだろう。いや、私はこれを宍戸さんと思っているが、本当はただの夢の中の登場人物ではないだろうか。怪奇ではないが。
「宍戸さん、ですよね。これが話に聞いていた夢でしょうか」
とにかく何事かを確認しなければ。宍戸さん(仮)に会話が成立するのか、試しに聞いてみようか。
「え?、そうね、まさか夢の中に来てくれるなんて…、上野さん、なんですよね?現実の。でも、どうして?」
「はい。証明する手立てはありませんが。理由は分かりませんが、何故か宍戸さんと同じ夢を見ているようです。…これが例の夢でしょうか」
向こうの質問に答えて、まず落ち着かせてから、再び同じ質問を繰り返す。
「え、ええ。そうみたい、です。ここ、フランスなんだけど、何故か引っ越してきたみたい、です」
夢の中だからだろうか、無意識のうちに普段の言葉遣いをしているようだ。
「普通に話してもらって大丈夫ですよ。それで、何故か私もここがフランスと知っています。宍戸さんの引っ越した先だったとは知りませんでしたが」
「じゃあ、そうさせてもらうわ。…これから、どうする?」
茶目っ気を出してきた。私の顔を斜め下から覗き込んでいる。流石プロ。表情がさまになっている。しかし、まだ終わったわけではない。
「明日には終わりますから。いつもしているようにしてください」
宍戸さんの耳元で、小声でささやく。怪奇が監視をしていたら危険だからそうしたのだが、向こうはこちらの意図をくみ取ってはくれなかった。照れている振りをした。
「じゃ、外に出ない?またフランスに行きたいと思っていたの」
宍戸さんは楽しそうにして階段を降りて行った。
それから私は、家の構造を良く知っている宍戸さんの横を歩いて外に出た。そこが本当にフランスにある街並みなのか分からなかったが、動画で見るようないかにもな市場の風景であった。宍戸さんは見たことがあるかどうか覚えていないと言っていた。雑踏の音はフランス語のはずなのに、何故か何を言っているのかが分かった。試しに果物を売っている男性に英語で値段を聞いてみたが、フランス語で言えよと言わんばかりの顔をされただけだった。
次に何をしようか宍戸さんと話していると、急に夢から覚める感覚がした。段々遠くの方から輪郭がおぼろげになっていく、あの感触だ。
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目が覚めると、そこはホテルの一室だった。直に忘れるだろうが、妙にリアルだと思った。実際、始めにいた部屋や廊下に置いてあった物はもっとあったと思うが、思い出すことはできなかった。スマホを手に取るとちょうど宍戸さんから「フランスの夢覚えている?」と連絡があった。そうするように頼んでおいた。「はい。詳細は後程お話ししましょう。お仕事頑張ってください」と返して、朝食までそのままスマホを触って過ごした。
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