第185話 立体(後編)
第185話 立体(後編)
翌朝、藍風さんと一緒に朝食を食べに行ったが、これがまた豪華だった。バリエーションの幅は普通のバイキングとそう変わらなかったが、一品一品が高級だった。食感のあるカラフルな野菜にオリーブオイルのかかったサラダ、バジルのまぶされたサーモンの燻製…、一手間二手間がかけられていた(し、その分名前が長かった)。普通の所にもあるような生卵や米なども有名産地の何農場の物などと書かれていた。極めつけにステーキをその場で焼くサービスまであった。有料だったが。全部食べたいのは山々だったが、そもそも仕事で来ていたし、それからあまり食べ過ぎて貧乏人がはしゃいでいるように思われるのが嫌だった。しかし、味覚が並外れてしまっているからだろうか、実に美味しかった。
それから、サングラスと大き目の帽子で変装した宍戸さん、城戸さんと4人でドラマの撮影現場まで行った。城戸さんの運転する車に宍戸さんが乗って、その後ろからレンタカー(駐車場に用意してあった)で着いていったのだが、カーナビがあったとはいえ大変だった。慣れない車になれない道で車線も複雑、車は多いし、人も多い、おまけにオートマで、現地に着くまでずっと黙っていたと思う。
撮影現場は郊外にある中学校だった。私達は555プロの見学者という設定で現場スタッフの一員の中に紛れていた。お世辞にも自分たちに芸ができるとは思えないが。ただ、藍風さんはどのエキストラよりも。
演者たちは、テレビで見たことのある人ばかりだった(当たり前だが)。やはり厚み、いわゆるオーラがあった。これで、もっと有名な(彼らも十分有名だが)人を見たら目が溶けてしまうかもしれないと思った。私は、多分、そういうのに弱いのかもしれない。
中学校にはその辺にいる怪奇の他に、(多分)幽霊を2体見かけた。1体は制服姿の男の子で、頭から血を流して校舎の縁によりかかるように体育座りをしていた。もう1体の男性は撮影機材に憑いているのだろう、カメラが回るとフレームの中に入ってシーンとは関係のない演技をしていた。私達は宍戸さんの出番が終わるまで彼女の様子を見ていたが、それらしいモノは近くにいなかった。
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その日の撮影は何事もなく終わり、宍戸さんたちと一緒にホテルに戻った。その後藍風さんと近場をぶらついて時間を潰してから、宍戸さんと合流し、近くにある和食屋の個室で夕食を食べに行った。(昼食の弁当はコンビニのものだった。)
「ねえ、今日の私、どうでした?」
楽しげに宍戸さんが聞いている。演技を続けているだけなのかもしれないし、怪奇に狙われて(?)いるという緊張感がないのかもしれない。しかし、ここの料理も美味しい。この刺身、日本酒が飲みたくなる。
「はい、素敵でした」
藍風さんが答えた。
「ねえ、上野さんは?」
「素人ながら、圧倒されました」
今の宍戸さんも勿論だが、役に入っているときは雰囲気がまた違う。
「そうでしょう?うふふ」
そう言って宍戸さんはビールを飲み干した。3杯目か。自分が仕事中で飲めない分、勝手に覚えていた。もしかしたらアルコールを入れないと眠れないのだろうか。今のところ夢の中で怖い思いをしていなくても、不気味には違いない。
「ねえ、二人は、その、怪奇?を見たり捕まえたりしているのよね。どんなのがいるの?」
チラッと藍風さんを見ると、彼女もこちらに目を向けていた。私が話した方が良いらしい。
「そうですね、例えば―」
宍戸さんはホラー(怪奇とは似て非なる物だが)が趣味であり、この手の話が好きだった。さらに聞き上手かつ話させ上手であった。食事が終わっても話を止めようとしなかった。藍風さんのフォローを受けつつ、程よく説明したつもりだ。
宍戸さんは怪奇を見ることはできないようだった。店を出てすぐの花壇にいた割と大型で見えやすい男の生首に気付いているか尋ねたが、全く見当違いの方を指さしていた。
部屋に戻って雑事を片付けた後、風呂に入りながら考えた。私も宍戸さんも、それから他の依頼者の何人かも、協会の存在は怪奇に出会うまで知らなかった。仕事量、依頼件数と、協会員の人数、依頼者の人数、それらを概算していくと事前に怪奇や協会の存在を知らないことは不自然ではないだろうか。計算方法が間違っているのだろう。細かいことを考えるときりがない。考えはベッドに入るまで続いた。
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