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第184話 立体(中編)

第184話 立体(中編)


 扉をノックすると「どうぞ」と女性の声が聞こえた。取っ手を持って手前に引くと、中には2人の姿が見えた。


 「こんばんは」


 「こんばんは。お待ちしていました。入ってください」

 この人は依頼主の宍戸ありすさんだ。促されるままに部屋の中に入ると、藍風さんが後ろからついて来た。もう1人は誰だろうか。


 「宍戸ありすです。こっちはマネージャーの城戸です」

 私の視線を察した宍戸さんが答えた。


 「城戸です。よろしくお願いします」

 城戸さんはポケットに手を入れながらこちらに近づいた。それから、名刺を手渡してくれた。


 (久しぶりだ)

 私も城戸さんに名刺を渡そうとして、そう言えば持っていないことに気がついた。何か足りないような感触がした。もう、あのときには戻れない。


 「城戸です。よろしくお願いします」


 「あ、藍風です」

 藍風さんも手慣れたものだ。城戸さんは、相手が女子中学生でも社会人としてきちんと対応して、軽んじていない。そういう所は好感が持てる。その性格は見た目にも現れていて、レディーススーツに髪を後ろでまとめている。


 「宍戸です。よろしく」

 笑顔が向けられる。差し出された手は温かい。


 「上野です」

 何か違和感がある。


 「藍風です」

 私と交代するように藍風さんが宍戸さんと握手をした。


 「宍戸です。よろしく」

 ああ、違和感の正体はこれだ。当たり前のことだが、立体的なのだ。見た目も、声も、画面越しと違って厚みがある。もう少し集中すると、衣擦れの音、心音、呼吸音、長い黒髪、睫毛、薄い化粧、それにバラのような香りを感じる。角度を変えて見ると、顔にできた陰影が動く。こういうのを本物はオーラがあるとでも言うのだろうか。


 依頼の話は全員が椅子に座ってから始まった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 宍戸アリス。長髪で涼しげな二重の目元が特徴の、同年代の女優だ。ドラマや映画で活躍する実力派らしい(WEB調べ)。普段テレビを見ない私でも画面越しに見たことがあるが、ひっきりなしに見ているわけではない、単に私の印象に残っただけだろうか、そんな人物だ。それでも十分にすごいということは十二分に分かっている。


 その彼女が持って来た依頼内容は次の通りだった。始まりは、2ヶ月ほど前に見た夢だった。そこは家で、ガラス戸の玄関、そのまま廊下があって、その突き当りと途中に二間、奥の部屋には大きな箪笥と文机、そこから見える生け垣に囲まれた庭は明朝で、低い木があって、その奥には小さな川が走って、山が見えて…、何故かその家に引っ越してきたことが分かって、同時に懐かしさを覚えたらしい。


 それだけなら、ただの夢だった。昔訪れて忘れた場所なのか、どこかのロケ現場なのか、そう思ったらしい。ただ、翌日、その家の精巧なミニチュアが家に置かれていなければだが。


 その日の夜も同じような夢を見た。別の家だった。玄関から横向きに走る廊下の左手には物置にしている部屋が2つ、右手が生活の場で、窓から見える外は真夜中だったという。同じように懐かしさを覚えたが、何故か自分はそこに引っ越してきて、そこで同居していた大家の老婆が老人ホームに行って、亡くなったから自分の物になったということが分かったそうだ。そんな経験は流石にないのにだ。当然、その家の模型も、知らないうちにリビングのテーブルの上に置かれていた。


 それからそのような夢を連続、または数日おきに見るようになったそうだ。家には現実離れした場所がいくつかあって、例えば、3つ繋がっている扉、上の階に続かない黒ずんだ木製の階段(段々狭まっていた)、洗濯機の先にある部屋などがあったらしい。共通しているのは何故かシチュエーションが引っ越してきたことになっているという点だ。


 今回の依頼はシンプルにその夢を止めることと、そのミニチュアを届けている何かに対応することだ。後者を行えば前者も同時に片付くだろう。今はホテルで生活していて、家には城戸さんと一緒に物を取りに帰るくらいだそうだ(模型は当然増えていた)。それで、夢以外何も問題はないらしい。


 何故すぐに誰かに相談しなかったのか。それは、本人から聞かなくても想像のついていたことだが、当たっていた。ホラーが趣味(WEB調べ)だから、そうした非日常に順応してしまったのだ。特に害がなかったことやマンションのセキュリティが強固だったことも理由として挙げられるのかもしれない。あるいは楽しんでいたのかもしれない。あるいは怪奇がそうさせていたのかもしれない。しかし、どこかでこのままではいけないと思った宍戸さんは公私ともに親しいマネージャーに相談して、今に至るというわけだ。この地域の協会員に対応を依頼しなかったのはやはり、プライバシー云々に一層気を遣ってのことだろう。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 話が終わったときには既に日が変わりそうだった。依頼者に合わせるのが仕事だし、自分は問題なかったが、藍風さんが大丈夫か心配だった。案の定エレベーターに乗っているときにぽーっとしていた。部屋まで送って、自分の部屋に戻ってから、広い風呂に入って、大きく、肌触りの良いベッドで寝た。

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