第182話 ムームーカンカン(後編)
第182話 ムームーカンカン(後編)
嶽さんのいない間、私と桾崎さんは小さな結界の中でじっと待っていた。廃村では変わらず幽霊たち(?)が「ムームーカンカンムームーカンカン」とずっと唱えて、その場で両腕を交互に振って足踏みをしていた。
「あ、戻ってきました」
桾崎さんが小声でつぶやいた。嶽さんがテントに向かった道の方から草木がすれる音、足音が近づいてきている。
「嶽さんは何を取りに行ったのでしょうか」
待っている間に聞けばよかった。今更な質問だ。
「何だろう?双眼鏡とかですか?」
桾崎さんは首を小さくかしげている。
「武器ではないでしょうか」
札や錫杖、あるいは別の何かではないだろうか。最も―。
「あ、僕たちはいつも持っています。だから違うと思います」
私も賛成だ。今だけに限って言っても、結界の中にいるとはいえ、丸腰でいるのは流石に不用心だ。
「待たせたな」
結界の外から声が聞こえた。
「あ、何を持ってきたんですか?」
桾崎さんが廃村から眼を背けて、そちらを向いて尋ねた。つられるように私もそちらを向いた。
「ああ、これはむ―」
次の言葉を待たずに私はそこ目掛けて斧を振りかざした。ザクッと鈍い感触、腹にあたったようだ。どす黒い液体が刃先から流れて柄の方に伝っている。
「何…、して…?」
桾崎さんは声からして、呆然としている。やはり、気がついていなかったようだ。
「コレ、嶽さんではありません」
怪奇から目をそらさず立ち上がる。不意打ちが決まったようで、斧を腹から抜くのに精いっぱいのようだ。両手は添えられているだけだ。斧を抜くと血飛沫が弱弱しく飛び散った。ソレが逃げるように草の中に倒れて、這っているところの、首を狙って、振り下ろす。鈍い感触がして、ソレは止まった。
「あ…。あ、あの…、それ…」
桾崎さんが立ち上がって錫杖を構えたのが聞こえた。声の震えは止まりつつある。
「もう終わりましたよ」
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それからの説明は少し難しかった。話している最中も「ムームーカンカン」が続いていて煩わしかったからだ。しかし、桾崎さんが小学生らしからぬ落ち着きを見せていたおかげで大分スムーズに進んだ。
嶽さんから事前に電話で説明されていた件は見筒岳で怪奇の観察を、それも複数でしているとその中の誰かに化けて襲う狐がいるということだった。それを桾崎さんに話しているうちに死体は元の狐に戻っていた。人間大だった。
要は私たちは囮で、罠だった。大男がいなくなって、子供と何一つ霊能力を使わない男だけになり、さらに廃村の方に意識を向けていたように見えたのだから、格好の餌食と思ったのだろう。嶽さんの思った通りに事は運ばれた。嶽さんにも何か意識を向けるようなことをしたのだろう(当然こちらもわざとつられた振りをしたはずだ)。
桾崎さんは自分に知らされなかったことよりも、騙されて私より先に動けなかったことにショックを受けているようだった。知らされていなかったのは表情や行動に違和感が出ると嶽さんが判断したからにほかならない。それから、これは伝えなかったが、桾崎さんを試すためでもあった。あの狐の化け具合がどれほどか分からないが、桾崎さんは気づくことができなかった。
嶽さんはしばらくしてから現れた。少しして空が明るくなり始めた頃、廃村から例の怪奇が消えた。桾崎さんが朝食を作っている間に嶽さんと私は穴を掘って狐の死体と血の付いた土を片付けた。それから沢に水を汲みに行った。朝食は食パンにベーコンとマヨネーズ、卵を挟んで焼いた物とほうれん草とニンジンのコンソメスープだった。塩気がよいアクセントを加えていて美味しかった。
それから最小限の装備とゴミを持って、桾崎さんと一緒に(嶽さんは私が桾崎さんをつれて、と言っていたが桾崎さんが私をつれて、が正しいと思う)下山した。残りの監視は嶽さんが1人で行うらしい。朝食を食べながら嶽さんがそう伝えたとき、桾崎さんは素直に従った。それでも道中では落ち込んでいるように見えたから、元の自信を取り戻してくれるように励ましたつもりだ。始めて登った2人だけで荒れた道を行くのは中々危険だと思うが、意外にも何とかなった。
下山した後は私の車で桾崎さんと一緒にG県のG駅まで行った。昼食は例によってサービスエリアでとった。私は親子丼とそば(大盛り)のセット、桾崎さんは親子丼を食べた。車内に木々の香りが充満していてまだ山の中にいるようだった。その中にミルクのような香りがきれいに溶け込んでいた。
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桾崎さんを駅前で下ろして、見送ってから下道で家に帰った。G駅付近に車で来たのだから、何か大物を買っていこうかとも頭をよぎったが、すぐに思い浮かぶ物もなかった。まず何を買うか決めるところから始めるには疲れていた。
夕食は家で簡単に済ませた。袋麺に卵と玉ねぎを入れて、後は野菜ジュースを飲んだ。卵は万能だ。知らないうちに毎食食べていた。硬貨虫に餌のクリップをあげてから風呂に入ったら、あがったときにはなくなっていた。今までの中でも早い方だ。荷物の片づけは翌日に回すことにして布団に入った。
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