第18話 新校舎の七不思議(中編)
第18話 新校舎の七不思議(中編)
まず1つ目の七不思議を対処した私達は図書室を出て、次に向かうことにした。
「江崎さん、次はどこが近いですか」
「あ、はい。このまま北側の廊下を進んで突き当りが理科室になっています」
「それでは理科室に行きますか。次の七不思議は危なそうなので十分気を付けてください」
「はい。危なくなったら助けてくださいね」
まだまだ大丈夫そうだ。頼られるのはうれしいけれどもいざとなったら助けられるかは分からない。
図書室の明るさに慣れた分廊下の暗さがより一層不気味に感じた。脇の教室からなにか出てくるような気がしてならない。「あ、ここ私のクラスだ」と隣で江崎さんがつぶやいていた。『第2理科室の人体模型は自分の部品を本物にしようとしている』はこんな内容だった。
『第2理科室に人体模型があるよね。あれ、明るいときに見ても不気味だけど作り物だから生々しさはそんなにないよね。でもね、人体模型は自分が作り物だってことが気になって、本物の内臓と取り換えようとしているんだって。始めは金魚やカエルを殺して自分の中に詰め込んでいたんだけど、上手くいかなくて、今は人間の内臓を探して夜な夜な待っているらしいよ』
この七不思議はさっきのより明らかな殺傷の意図がある。非常に危険だ。対処しなければ帰れない以上やるしかないが、最悪江崎さんだけでも逃がそう。理科室は目の前だ。
この学校は2つある特殊教室があり、それぞれ扱っているものが違うらしい。事実、第1理科室は地学と物理の実験用、第2理科室は化学と生物の実験用の道具と設備がありその間に理科準備室があった。第2理科室の前にはホルマリン漬けのカエルやヘビが古い木の棚に飾られており、気味の悪さを一層に引き立てていた。
「それでは、開けますので気を付けてください」
私は扉に手をかけて江崎さんに言った。普通こういうところは鍵がかかっていると思うがその扉は抵抗なく開いた。中は黒い実験机と流しが並んでおり、扉側には黒板があった。ピト、ピトと雫の落ちる音がする。人体模型は…
「あれ、人体模型がないです…」
人体模型は骸骨標本(これも当然偽物だ)の隣に並べておいてあって、ケースに入れてあるらしい。しかし、骸骨の隣のケースは扉が開いて中身が空になっていた。
「どこかにいるはずです。気を付けて」
どこにいる。どこなら隠れられる。もう理科室から出たのか。怪奇を探したがそれらしいモノは見えないし聞こえなかった。しばらく警戒していたがどうやらいないようだった。わずかの間、張り詰めていた緊張が解け、私の後ろに隠れていた江崎さんもようやくそばを離れた。
「今のうちに準備室から使う道具を探しましょう」
準備室の鍵はかかっていたが、そこは無礼講。近場の椅子をドアノブに叩きつけて鍵を壊し中に侵入した。大きな音が響いて江崎さんがびびっていた。中は埃っぽく、窓がないためか理科室よりも暗かった。私は何ともないが、江崎さんは気を使ってか懐中電灯で前方を照らしてくれた。それなりに使えそうなものと、藍風さんのやり方で使うものをそれぞれ手に入れて準備室を出ようとした時だった。ガタ、と理科室の扉が開く音が聞こえた。
「ひっ」
江崎さんが何か言いそうになったので口を塞ぎ、懐中電灯のスイッチを切る。暖かく湿った息が慌ただしく掌にかかる。呼吸を整え向こうの音に集中していたが、どうやら音の主はこちらに気づいていないらしく、何かにぶつかるような音を立てながら理科室を徘徊している。数分経った頃だろうか、どこかに行ったのか物音がしなくなった。ゆっくりと体を動かし、慎重に頭を出して理科室を覗いたが、入念に見ても何もいなかった。ただ、椅子や備品が先ほどの位置からずれていた。
「江崎さん、大丈夫ですよ」
私はシャツを握りしめている手を放してもらい、準備室を出た。
「人体標本はどこかに行ったようなので先に次の七不思議のところに行きますか。またどこかで会うでしょう」
生徒会室は藍風さんがいるから大丈夫だろうし、人体標本は噂通りなら向こうからも来るだろう。
「え、あ、はい。下に行くと保健室がありますし、上に行くと美術室があります。あ、あと近くの階段は踊り場に大鏡がない階段です」
「踊り場に寄って美術室に行きますか」
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人体標本も気になるが、ともかく他の七不思議も対処していかなくてはならない。理科室を出て東側の廊下を気を付けながら進む。何かの陰から出てくるかもしれない。江崎さんは懐中電灯を使わないでシャツを握りしめている。危ないからやめてほしいが、落ち着いてもらいたくもあるのでしばらくこのままでもいいだろう。幸いにも短い廊下だったからか何も出てくることはなく、突き当りの階段前に無事着いたときは大分息が整っていた。『東側2-3F間の踊り場にないはずの大鏡を見ると鏡の自分と入れ替わる』はこんな内容だった。
『東側の2階から3階に上がる階段の踊り場に他のところにはある大鏡がないでしょ。あれ、誰かが割ると危ないからじゃないんだよ。それなら他の場所も取り外すはずだし。あそこに大鏡がないのはね、あの場所にある大鏡を覗いたときに運が悪いと鏡の中の自分と入れ替わっちゃうんだって。だから置いてないんだけど、何故か大鏡が飾られていることがあるらしいよ』
踊り場を階段の下から仰ぎ見たが鏡はこちら側にはなかった。しかし集中すればその姿は私には見えた。江崎さんはほっとしたようでようやくシャツを離してくれた。
「よかった。鏡ないですね」
「良かったです。いつ鏡が現れるかわからないので今のうちに対処しましょう」
そう答えておいて、私はポケットから廊下にかけてあった誰かの帽子を取り出すと、その中に生徒会室から持ってきた赤色のマジックペンを詰め始めた。こちら側に鏡が出てこなければ大丈夫だと思うが、近づかないのが無難だろう。
「どうしてこれで鏡がなくなるんですか」
江崎さんが尋ねてきたが私も知りたい。
「すごく難しい物理的な現象が関与しているんですよ」
適当に答えたが、そういう話は苦手なのか「そうなんですかぁ」と言ったっきり静かになった。
それからマジックペン入りの帽子をビニール袋に入れて口を縛り、踊り場に向かって放り投げた。藍風さんのメモには置くと書いてあったが、結果的にそこにあればよいだろう。無事鏡のある辺りに着地したのを確認してから手すりに青いマジックペンで正方形を5つ書いた。
ピシッ
5つ目の正方形を描いた途端、鏡が割れた音が静かな空間に響いた。続いて、パリンとガラスが落ちたような音がした。どうやら終わったようだ。それは江崎さんには聞こえなかったので「もう終わりましたよ」と伝えた。
「え、もう終わったんですか」
意外そうな顔した江崎さんがこちらを見つめていた。近くの非常灯が灯す薄暗がりの中でその目がみずみずしく反射していた。
「はい。もう鏡は出てこないです」
「良かった…」
もう一度言われたことでようやく頭に入ったのか緊張がゆるんだようだった。
「次は美術室に行きます」
「そうですよね、まだ2つしか終わっていないですよね」
江崎さんは残念そうにそういった。
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踊り場の鏡があるはずの場所を見ないようにしながら、私達は3階に上り、東側の廊下を進んでいった。美術室は理科室の丁度上にあり、ここも第1美術室と第2美術室があった。『第1美術室に書きかけの口紅の絵を置くと血を抜いて絵の具にされる』はこんな内容だった。
『第1美術室に書きかけの絵を出しっ放しにしないように言われてるじゃん。普通の絵は、まあ、先生から怒られるだけで済むんだけど、色の塗っていない口紅の絵が置いてあるとね、第1美術室に夜中来た生徒は体から血を抜かれて、真っ青になって死んじゃうんだって。それで、その血を絵の具にして口紅の絵は完成するの。そしてその絵はどこかに消えちゃうんだ』
これも直接ではないが危険な七不思議だ。そもそも全て危険は危険だが。ほどなくして第1美術室前についたが扉にガラスがはまっていなかったので、扉をそっと開けて中を見ようとした。理科室のようにすんなり開くと思っていたが、しかし、鍵がかかっているようで動かなかった。どうしようかと思っていると江崎さんがシャツを引っ張って自分の方を向くよう促した。振り向くと声を出さずに入口上の窓を指さした。あそこからなら覗けそうだ。
「いい案ですね」
そういうと江崎さんはわずかにほほ笑んだ。
「何か台になるものを持ってきますね」
物音を立てないように隣の教室に入り、近くの机と椅子を持って行った。中にあった教科書やかけてあった袋は置いていった。ここは怪奇みたいなものだからたとえ火をつけても多分現実には影響しないだろう。そうでなかったらもう手遅れなところがそこそこあると思った。江崎さんは教室に入るのが怖かったのか、入り口近くで待っていた。
机の上に椅子を置いて落ちないように上がり、第1美術室の中を覗いた。主に絵を描くのに使われているようで、画架が隅に片づけてある。近くの棚には石膏像やリンゴのレプリカが並べてある。窓際には書きかけの絵が整理されていて、机と椅子は重ねて教室の片方に寄せてあった。その中で中央に不自然に画架があり、その上には書きかけの口紅の絵が置いてあった。
机から降りて絵があったことを江崎さんに言ったがもう声も出ないようだった。私は車から降りたときに持ってきたサバの味噌煮の缶詰を開けると机に置いて、美術室の扉を助走をつけて思いっきり蹴り飛ばし、缶詰を絵目掛けて投げつけた。絵画から触手のようなものが見えてこちらに伸びてきたが、構わずに途中で拾ったバケツを石膏像にかぶせた。触手は私の手前で消えて自分が荒く呼吸する以外動くものは美術室の中からいなくなった。一段落したので私は痺れた足を少し休ませてから絵画の中の口紅をカッターで十字に切り裂いた。カンバスにはもう何も書かれていなかった。