第181話 ムームーカンカン(中編)
第181話 ムームーカンカン(中編)
それは、抑揚のない一本調子の声で、どの声も同じリズムだった。それにつられて廃村を見ると、洋服を着た人間に似た怪奇、それも老若男女に見えるモノが複数、その場で走っているような動きをしながら、「ムームーカンカン」と唱え続けていた。
「始まったな」
嶽さんの張った結界へ急いで向かうと、視線を廃村に向けたままの嶽さんが言った。
「はい。事前に聞いていた通りです」
「俺は澄を連れてくる。ここで見ていてくれ」
嶽さんはそう言うとこちらの返事も待たずにテントの方へと去っていった。
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1人で結界の中にいる間、私は廃村を眺めていた。結界の中は安全であるはずだが(嶽さんを信用していたし)、やはり異様な光景を前にしては安心することはできなかった。つまり、気を紛らわせるためでもあった。
ソレらは全てがずっと同じことを繰り返しているわけではなかった。時折喉を掻いたり、口の中で舌を動かしていたり、唯一の男の子のようなモノは近くの苔を食べていたりした。しかし、そうした行動をとった後は、必ず例の言葉と動きを大袈裟にしていた。
2人はすぐに現れた。桾崎さんは寝起きには見えないほどしっかりしていた。私は端に詰めてスペースを作った。桾崎さんは私の前に座って私の横に大人2人分のスペースを開けた。
「何かあったか?」
「変わったことはありませんでした」
嶽さんから聞いていたことしか起こっていない。
「そうか。まあ、監視がてらもう一度説明するか」
嶽さんがそういうと桾崎さんは背筋を伸ばし直した。
「あの廃村にいる連中は、まあ、幽霊の親戚みたいなモノだ。この時期になると出てくる。近づくと巻き込まれるからな。俺たちはあいつらが今までと違うことをしないか見張るわけだ」
桾崎さんがすかさず質問をした。
「あの言葉、どうして言っているんですか?」
あの言葉は、おそらく意味はない言葉であったはずだ。
「それは、ああ、始まった。下を見ろ」
言われた通り廃村を見ると、一台のタクシーが音もなく出現していた。怪奇だ。エンジン音がしていないが、ライトは点いている。運転手は…いない。
「ムームーカンカンムームーカンカン」
ソレらはタクシーが現れたにも関わらず、リアクションを取っていない。1人(?)を除いてだ。男の子に似た怪奇が引き寄せられている。タクシーに近づくにつれて動きが必死になって、ムームーカンカンが早口になって、そして、消えた。
「ああならないようにするには、あの言葉と動きが必要らしい。いや、何でも良いんだろうな。とにかく何度も繰り返して、あれが一番長く残る手段になったんだろう」
タクシーも廃村から消えた。残りのソレらは何事もなかったかのように例の行動を続けている。
「澄。この後どうなるのか、言ってみろ」
先ほど教えたことを覚えているか確かめるのだろう。
「えーっと、あそこにいる9人、じゃなくて8人が毎日1人ずつ、あのタクシーに吸い込まれて消えます。明日になったらまた出てきて、その繰り返しです」
桾崎さんは下から目を離さずにはっきりと答えた。
「そうだ。それが全員消えるまで続く。毎年それが繰り返される」
補足が入った。桾崎さんの説明は嶽さんにとって不十分だったようだ。
「あそこにいる連中は死人のようなモノだ。素性も知れている。あれに巻き込まれると、死ぬ。そして、あの中のどれかと入れ替わる」
気になることがある。
「巻き込まれて死んだら、どうなるのでしょうか」
「遺体は消える。そして、あの中のどれかと入れ替わりになる」
答えは即座に返ってきた。姿だけが変わるのではなく、入れ替わるということか。アレらに現実の姿はないから、言葉通り、この世から消えることになるのだろう。
「じゃあ、あの場所は?」
桾崎さんが質問した。
「死んだ後に行く場所の途中だろう。極楽か無か知らないが」
ぶっきらぼうだ。
「それって―」
「上野さん、分かるか?」
桾崎さんの質問の続きが分かって、それを私も分かっていると考えているのか。少し頭を整理して、私は口を開いた。
「…死んでから、その、次の所に行くまでを延々と繰り返しているのでしょう。自分が死んだことも知らずに。当人たちにとっては死なないように、あの動作をしているつもりかもしれません」
「そうだな。死を過ぎているのにな」
下からムームーカンカンの声が聞こえ続けている。
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しばらくは変わらぬ様子に、まれに入る、唇を舐めるといった動作を見続けていた。山の夜は寒く、頬にあたる風は冷たかった。しかし、気持ちの良いものだった。桾崎さんがごくわずかにだが、ふらっと後ろにもたれかかりそうになった。
「少し待っていろ。道具を取ってくる」
ふいに嶽さんが立ち上がった。
「なら、僕が行きます。何ですか?」
桾崎さんも立ち上がった。
「いい、俺が行く。ここで上野さんと待っていろ」
そう言って嶽さんはテントの方へ消えて行った。桾崎さんはストンと座った。何だかんだ疲れているようだ。
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