第177話 松の木のある家(前編)
第177話 松の木のある家(前編)
旅館の部屋に戻った後、中途半端な時間ではあったが、すぐにベッドに入って明かりを消した。今すぐ対応できないのだから、今話しても後で話しても同じ、だから寝ようというのかみーさんの意見だった。最もだから私も賛成した。
横になっているうちにふと、あの怪奇が夢の中に出てくるのではないかと心配になった。あの怪奇が黒いもやの正体だったら、山根氏の夢に出てきたことから、私達の夢に現れる可能性はあるわけであった。私の夢は例の件で謎の綻びがあって、護符やら何やらがあっても実際どうなっているのか分からない。
翌朝、夢は覚えていなかった(多分見た)が、悪いものを見た記憶はなかった。出てこなかったに違いない。ニュースを見ながら多少硬くなったコンビニのおにぎりを食べた。缶コーヒーと一緒に食べると米がほぐれて具合が良かった。(そうしないと美味しくなかった。)しばらく部屋で本を読みながら待っているとノック音が聞こえた。
「おはよー。おねーさんですよー」
みーさんだ。傍から聞くと怪しいだろうか。それか姉弟と思われるだろうか。手早く扉を開けて、中に招き入れた。
「みーさん、昨日夢見ましたか」
椅子に座ったみーさんに聞いてみた。
「夢ですかー?見たかなー。何かありましたー?」
私の考えていたことは杞憂だったようだ。
「いや、山根さんの夢に黒いもやが出ましたから、自分たちの夢にも出てくるのではないかと思いまして」
ベッドに腰掛けながら話を続けていく。
「あー。その可能性もありましたねー。まあ、何もなかったから大丈夫ですよー。それで、これからですけどね」
みーさんは一拍おいて、再び話を続けた。
「昨日の家は協会に調べてもらって、破損調査の名目で立ち入ることができるようになりました。あの怪奇がいるか確認してから家の中に入って、調べましょう」
「分かりました。もし、あの怪奇が襲ってきたらどうしましょうか。今、札数枚と護符を持っているだけですが」
「えーと、多分、あの家から出てこないので、逃げましょー。ダメそうなら武闘派に任せましょー」
シンプルな答えだ。
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タクシーを手配すると前日の昼のと同じ運転手だった。特に話すこともなく終始無言だった。タクシーを例の怪奇がいた家の前、ではなく橋の手前を止めて、そこから歩いて家まで向かった。運転手は若干怪しんでいたが、特に何も言わなかった。
例の松の木が目立つ家は、昼間に見ると他の空き家と同じものの一つのように目に映った。夜と同じ角度から見てもソレは見えなかった。みーさんも気配はしないと言っていた。前日には気づいていなかったから当てにならない、と本人も言っていたが。耳と澄ませても川の音がうるさいだけで、鼻を利かせるとバニラの匂い、川の匂い、草木の萌える匂いが主で、怪奇のにおいは関係ないモノのがしただけだった。
家の庭には雑草が生い茂っていた。壁や屋根は多少崩れてはいたが、そのまま住めと言われてもできるくらいだった。家に慎重に近づいていないことを確認してから、ヘルメットと軍手(と安全靴)を装着して、玄関から家に入ろうとしたところで、鍵をどう開けるかということが問題となった。てっきりみーさんが鍵の隠し場所を聞いているのだと思っていた。ポストの中や鉢植えの下を探したが鍵はどこにもなかった。許可は取っていることを再度確認して、私が鍵穴を覗いてピッキングをして開けた。簡易なものだったからそう時間はかからなかったが、近所に見られていなかったのは幸いだった。
家の中はどこから入ったのか埃が堆積していて、その臭いとどことなく饐えた臭いがした。私が先行して床が抜けないか、例の怪奇がいないかを確かめながら一通り家の中を調べた。ソレはいなかった。どこかに行ったのか、向こう側に行ったのかだろうと思った。
みーさんが前日にソレがいた部屋の床から情報を読み取っている間、私はみーさんのタブレットでこの家の記録を見ていた。
(築は、古めだ。二度増築されている。今の持ち主は、最後に住んでいた男性の息子か。死因は…書いていないか。亡くなった夫婦ともとみ子さんと同年代だ、生きていたら。そのどちらかがアレの正体だろうか。この土地、曰くがあるわけでもないのか。どこかから来て住みついたのだろうか。怪奇に理屈は通用しない。常に訳が分からない。警戒しなくては。そもそも、依頼の件とアレは関係あるのだろうか。みーさんは何か感づいていたようだった)
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