第176話 徘徊(後編)
第176話 徘徊(後編)
一周しただけでは何も見つからなかった。一旦報告がてら山根氏の家を訪れて(単純に移動経路上にあったからだ)話をしていると、とみ子さんが柱の陰から現れて、私達に初めて会った時と同じ挨拶をした。山根氏が再び耳元で私達の説明をしていた。(私達も合わせてあいさつをした。)
私達は再び徘徊ルートを歩くことにした。何か細かい情報を得るためと言うよりも、単純に大まかに歩くためだった。道順はそこまで難しくなかった。山根氏の家を出て、家の前の道を左折、少し歩いて右折、しばらく道なりに進んで、細い川にかかる橋を渡って左折し、ずっと直進したら別の橋が見えてくるからそこを通って、左折して道なりに進んだら右折をすれば家に着く。行きと帰りで違う道を通っていたのはそうした方が歩きやすいからだろう(これは実際に歩いてわかったことだ)。順路が何か魔術的(?)意味を持っているのではないかとふと考えたが、単純すぎる図形になるからあり得そうになかった。
私達は少し日が落ちて、動いていれば過ごしやすい中を進んでいった。歩道はないが、車通りもない、木々の芽吹きは見えるが、自分たちの他に動くものがない、川の音に鳥の鳴き声が時たま混ざる、なまじ家が普通にある分余計に不自然だった。
「いいところですねー」
みーさんはゲームや何やらと都会派なイメージがあるが、割にこういう自然が多い所も好むらしい。
「そうですね。落ち着いて過ごせそうです」
「上野さんはこういうところの方が好きですかー?」
みーさんは道にあった電信柱に興味を持ったのか、そちらを向いたまま尋ねてきた。
「自然の多い所も、人の多い所も、どちらも好きですよ。住めば都ですね」
どちらも良い所はたくさんある、どちらにも逆の人はいる、中途半端な所にはもっといる。考えをそらすために特に意味もなく口から言葉が出た。
「みーさんはどうですか」
「ネット環境が完璧なら私はどこでもいいんですよー」
らしい答えが返ってきた。
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もう一周しても、残念ながら何も見つからなかった。タクシーを呼んで伊西町の中央に戻り、そこにあった旅館に素泊まりした。予定外の宿泊に備えて準備をしてあって良かった。旅館も閑古鳥が鳴いていた。夕食も兼ねて居酒屋、というわけにもいかず、ファミレスもなく、あまり見かけないコンビニで弁当を買って、私の部屋に戻って一緒に食べた。
それからすぐに寝た。私達がよくやる、夜中の調査のためだった。
出発の準備を整えてから、タクシーに乗って再び山根氏の家のある集落に行った。近づくにつれて明かりはどんどんなくなっていき、街灯さえも消えかかっていた。私には関係のないことなのだが。タクシーの運転手には極めて怪訝そうな顔をして、いて、降りるときには多分今にも通報されそうだった。みーさんが気にせずに領収書をもらっていたから、私は運転手に言い訳するように「きょうだいでやっと親戚のところに着いたんですよ」と言った。
みーさんが照らす懐中電灯の光が、私達の進路を先行していた。川の音が小さく虚しく聞こえていた。夜中だと空き家がよく分かった。活動音(つまり怪奇の)が聞こえる家がそうだからだ。夜中に電気を消して活発に動いている変人がいなかったらだが。そう思ってすぐに自分がそうできると気付いた。
徘徊ルートをゆっくりと周囲を見ながら進んで行くと、川を渡った先のある空き家にソレがいた。少し外れた道の先にあるそこの、窓ガラスと崩れたカーテンの億に、赤紫の長細く溶けたような顔があった。あさってを向いた大きな片目と、顔の色より濃い色の長く汚れた髪、大きな鼻の上部が見えた。懐に手をやって、そっと、みーさんに近づき囁いた。
「います。電気を消して。右の奥の家、昼間松の木があった所の空き家」
明かりが消えた。
「ああ、あの…。当たりっぽいですねー。黒いもやのような、何かが溶けたような…」
みーさんはわざわざ耳に近づいてくれているが、そうしなくても聞こえる。
「あれ、細長いドロドロに人の顔が着いたような、変なモノです」
「うん。離れよう。後ろに」
その場で事を起こすのかと考えていたから拍子抜けしたが、同時にほっとした。しかし、みーさんの心音が未だ大きく速いことに気付いて、私も緊張した。
後ろ向きに進んで、家が視界に入らなくなってから、つまり、家から私達が見えなくなってから反転した。明かりがなかったからみーさんと手をつないで音を立てないように橋まで戻り、渡った。手は熱かった。
それからタクシーを呼んで、待っている間に私の見たものをみーさんにも覗いてもらった。変なモノでしたねー、とみーさんは言っていた。
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