第175話 徘徊(中編)
第175話 徘徊(中編)
山根氏の家は山間の集落の中にあった。家と家との間が広く、中には壁や屋根が崩れた空き家が幾つかあった。多分、一見まともに見える家の中にも、ずっと無人の家がいくつもあるのだろうと思った。少なくとも、ガラス越しにこちらを見つめていた、棒立ちの少年がいた家はそうだろう。あれは怪奇だった。集落の中でひと際大きいわけではないが、周りに比べて整えられていたのが山根氏の家であった。
インターフォンを押すと山根氏がすぐに現れた。簡単にあいさつをして家の中に通された後に再度ヒアリングを行った。みーさんがいつものジャージのような姿で、しかしいつもと違ってハキハキと受け答えをしている様子は少し不思議だった。
それからとみ子さんのいる部屋に通された。ふすまが開いたときにとみ子さんは少し驚いたようであった。耳が遠いから私達が来たことも、私達が話をしていたことも気づかなかったのだろう。息子の山根氏が耳元で声を張って、私達のことを友達の所の子供と紹介した。この地域の郷土研究に来たことになっていた。
私とみーさんも山根氏に倣って話しかけた。あいさつはできていたが、自分が徘徊していることも、どこに誰と行っているのかも覚えていなかった(知らなかった?)。痴呆については詳しくないが、相当進行しているのだと思う。実際、再び訪れた時には私達のことは忘れていた。
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山根氏の家を出て、私達は貰った地図を片手に徘徊のルートを調べてみることにした。みーさんがとみ子さんに触って記憶を読めば終わる話と思っていたが(それなら私が来た意味がなくなるのだが)、浅い部分はおぼろげだったそうだ。深い部分を人の許可なく見るのはポリシーに反するし、最終手段らしい。
外はのどかで、鳥の声が方々から聞こえていた。しかし、人の姿はおろか、道を走る車さえもほとんど見なかった。畑仕事をしている老人がいただけだった。
徘徊ルートは1㎞弱とお年寄りにしては相当な距離であった。起伏の少ない道ではあったが、しかし幅の広い道だけではなかった。昔、何かしていた時に通っていた道だと思う。
「それで、上野さんは何か見つけましたかー」
車道から畦道に移ったときに、みーさんがこちらを振り向いて言った。
「これ、というモノはなかったですが、どこにでもいそうな怪奇はいますね。この辺りの何が正常なのかが分からないですから」
「私もですねー。この地図のルートを一回通ってから考えましょうかー。気になる建物があるかもしれませんしねー」
あれとかーと続けてみーさんが指を指した先には何かの石碑があった。田んぼをいくつか挟んだ先だ。みーさんはほんの少し目を細めているがそれと分かる程度には見えているようだ。
「ああ、この辺りの水道を建設した記念碑ですね。周りには珍しいモノはいないですよ」
少し集中すれば読み取るのもわけない。
「やー、助かりますねー。中々一人で見回るのは大変なんですよー」
確かに広範囲を細かく見ていくのは大変だろう。
みーさんは何か所か物に触っていた。一度聞いてみたところ、とみ子さんが歩いている姿や他の人の姿を見ることはできたが、はっきりと見ることはできなかったそうだ。手がかりを見つけるのに手がかりとなる物?情報?がないから難しいそうだ。例えるなら、砂漠に落とした鉄屑を見つけるようなものらしい。手さぐりで探すのは難しいが、磁石(手がかり)があれば簡単に見つけることができる。磁力(手がかりのパワー)が強いほど、深くにあるものも、小さいものも見つけることができる。それと同じだという。
何にでも触って調べないのは、何かを調べるのは(特にこういう的の絞れていない場合は)疲れるし、時間がかかるからだそうだ。だからある程度の目星をつけた上で調べるのが無難と言っていた。つまり、このときにしていたのは目星をつけるための、取っ掛かりがどの辺りにあるかを見つけることだった。私が呼ばれたのはその取っ掛かりになりそうな怪奇がいたらすぐに分かるからだろう。
みーさんが立ち止まっている間、私は専ら周囲を見ていた。山根氏が夢で見た黒いもやもそれらしいもの(みーさんは別のはっきりした姿で見えると言っていた)は見つからなかった。そうやって立ち止まっていたから1周回るのに相当時間がかかった。とみ子さんが歩いて1周するよりも長かったと思う。
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