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第168話 仮の住民(後編)

第168話 仮の住民(後編)


 ビルを出ても幽霊は身を捩らせ続けていた。重さはないのに動きや当たっている、触れている感触を感じるのは不思議で仕方がなかった。幽霊の特徴(ただし私にだけ適用される)なのかもしれない。


 通りには数人が歩いていた。ストールをかけて変なタイミングで腕を振り回している(実際には引っ張られているのだが)私はどう映ったのだろうか。こういうときの視線は気になってしまう。隣にツァップさんがいるから余計に目立っていただろう。


 それから、ツァップさんに誘導されるがままにビルとビルの間の細い道に入っていった。ネットカフェから離れれば離れるほど、幽霊は激しく動いており、この時には両手で相手の両手を抑えて腰に力を入れて引きずっていた。


 (どこまで行くのだろうか)

 これ以上遠くに行けば抑えきる自信はない。野生動物を無傷で捕まえるには麻酔銃と捕獲網だろう。麻酔が効いたら檻に入れて、野に放つのだろう。それに比べると、今のやり方はどうなのだろうか。幽霊の生け捕りをしたことはないからよく分からない。麻酔のようなものはないのだろうか。チェーンで縛り付けて引っ張ることはできないのだろうか。

 幽霊瓶に入れてしまうのも手が一つだろうが、そうなったら古見さんにしか取り出せないだろう。その後の末路は、分からない。


 「ここでよいでしょうか?」

 そう言って、ツァップさんが幽霊の周りに聖水を撒いた。幽霊はその輪から出られないのか、触れたくないのか、ネットカフェにいたときのように体育座りになって動かなかくなってしまった。つられて私も中腰になってしまう。


 「もう手を離してもよいですか」

 この体勢で居続けるのは辛い。腕も疲れている。


 「はい。ありがとうございました」

 ツァップさんが未だに神秘的なオーラをまといながら微笑んで言った。


 「それで、これからどうするのでしょうか。このままにしておきますか」

 聖水は乾いても効果が残るのだろうか。


 「それは…そうですね…、また同じ環境になれば、過ごしやすくなると思いますが…」

 ツァップさんは何かを考えて、それから思いついたように言った。

 「机の下に入ってもらいましょう」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 それから、ツァップさんに大体の予算と大きさを聞いて、私は近くのホームセンターへ向かった。目的通りのサイズの机はすぐに見つかった。折り畳み式で、人が何とか下に隠れられるくらいのものだ。それをその場で開梱してもらって、荷紐と取っ手、それから一緒に買った台車を使って、相当目立ちながらもツァップさんの元へ帰った。


 私がいない間、ツァップさんは幽霊と会話を試みていたらしい。残念なことに全く心を開かなかったらしいが。いきなり引きずられたらそうするのも無理はないとも思ったが、後に聞いたらそうするしかなかったらしい。あの場に居続けたまま対応しても悪化の一途を辿るだけで、話もできる状態ではなかったという。


 台車の上に組み立てた机を置いて聖水の輪の中まで押して運ぶと、幽霊は素早い動きで机の下、つまり台車の上に移動した。そのまま引っ越しか何かの移動のように台車を押すと、幽霊は聖水の線をまたいだ辺りで身を震わせたが、逃げ足すことはなかった。細い路地を抜けて向かった先は廃ビルだった。


 私達はエレベーターに乗って、ある一室に入った。何もない部屋の端に机を降ろすと、幽霊はそれに張り付いているように宙に浮いて一緒に移動した。それで終わりだった。



 それから幽霊の正体を調べた。これは意外にも簡単に終わった。ネットカフェの近くで、初めて幽霊が出始めた時期に起きた事件事故、訃報を調べると、すぐに該当する人物が分かった。顔も本人のものだった。名前は伏せるが、その界隈ではそこそこ名の知れた女性らしかった。引きこもりになった後、自殺したらしい。理由は分からなかった。ツァップさんは日本語の資料を読めないから、資料集めをしてくれた。


 ネットカフェの店長に依頼されていた内容を報告した時にはもう夜になっていた。私達は帰りに近くの洋食屋で夕食をとった。私はカルボナーラ、ツァップさんはナポリタンを注文した。美味しかった。ツァップさんは始終嬉しそうに食べていた。


 それからツァップさんをホテルまで送って、電車に乗って文松町に帰った。途中でお礼を言われたので、こちらも良い経験ができたとお礼を言った後、あの幽霊をどうするのか聞いた。そのままにしておくらしい。しばらく待てば消えてしまう(つまり天国に行く?)からだという。


 家に帰った後、途中まで読んでいた本の続きを読んだ。枕元で布団に入りながらだったのだが、電気を消して読むよりも、やはり電気を点けて読んだ方が気が楽だった。電気のスイッチを押すのが手間だからと横着するものではないと思った。

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