第167話 仮の住民(中編)
第167話 仮の住民(中編)
部屋の扉を開けると、普通のネットカフェの一室と変わらない物ばかりが目に入った。PC、モニター、マウスにキーボード、後は座椅子、どこにでもある物ばかりだった。(後に隣の空室を見たが、内装に違いはなかった。)
(怪奇の存在は感じないな)
頭だけを中に入れて覗きこんでも、姿も声も感じない。
「上野サン、気配はその下デス」
ツァップさんは私の下から器用に頭を出して、モニターの置かれている台の下を指さした。わき腹が温かい。その感触はともかく、言われた場所に注目してもやはり感じない。
「うーん…、今はいないようです」
下を向いて返事をすると、上を向いたツァップさんと近距離で視線が合った。青い瞳が天井の光を反射して輝いている。
続いて、靴を脱ぎ、注意をしながら中に足を踏み入れる。寒気もしない。部屋の隅や物の陰にも、何もいない。
「気配はするんデスケド…」
ツァップさんも入ってきた。しゃがみんで台の下を覗き込んでいる。狭い。こうして見ると小さい背中だ。
「やはり、私には感じられません…。何かの中に入っているのかもしれません」
物の中、つまりPCのカバーを取り払った中や、壁の奥にあるのかもしれない。店長に聞いて壊させてもらおうか。
「あー、この気配は幽霊デス。大きさは…大人くらいと思いマス」
遠慮がちにツァップさんが言った。気配でそのようなこともわかるのか。つまり、物の隙間や中には入り込んでいないらしい。
「それなら、これからどうしましょうか」
私も見つけることができなかった。ツァップさんは気配を感じているが、見つけることができていない。
「ここにいマショウ!」
即決だった。
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私とツァップさんはその個室で待機することにした。わざわざ同じ部屋にいなくてもよいと思っていたが、ツァップさんの中では2人でその部屋にいることになっていた。折角だから漫画を読もうと思い、書棚に向かったが(それくらいの不在は良いらしかった)、いつまでそこにいられるのかが分からなかった。長編の漫画を読むわけにもいかず、結局私は一昔前の巻数の少ないものを読んだ。悪くなかった。ツァップさんも少女向けの漫画を読んでいた。スマホを片手にして、翻訳しながらだったが、それでも楽しそうにしていた。
交代で昼食をとって(近くの店でチキン南蛮定食を食べた)、漫画を数タイトル読んだころ、ツァップさんが何かに気付いて漫画を閉じた。私も倣って漫画を台に置き、その下を見た。
(いた)
かすかに、もやのようなものが見える。集中して目の感覚を上げると、それが人型をしていることが分かった。痩せ気味の女が腕を掻いて、体育座りしている。長髪がぼさほさで、生気のない目が大きく見開いている。
「ツァップさん、います。台の下です」
他の利用者はほぼいないが、小声で呟く。
「台の下…、いました。もう消えかかっています」
ツァップさんも見つけた。これからどうするのか、横目でツァップさんを見ながらも、幽霊の動向を窺う。腕を掻いているだけで、こちらの声にも反応していないようだ。目や首が動く気配がない。英語で話していたことは関係ないだろう。
「上野さん、その幽霊を連れてきてもらえますか?」
予想外の言葉が聞こえた。何か、例えば聖水を撒いてしまえば出て行くものと思ったが、それなら私が来る必要はなかったわけだ。ツァップさんの顔は真剣だ。
「分かりました」
手袋をして、その幽霊の細い手首を掴む。警戒していた割には抵抗もなく、むしろ反応もなく、動きも止まった。それから手前に引くと、体育座りをしたままの形で台の下から出てきた。
「そのままこちらまで来てください」
ツァップさんは先に靴を履いてこちらを見ている。私も靴を履くと、ツァップさんはエレベーターの方へ歩き出した。幽霊はいつの間にか立ち上がっていた。
(案外大人しいな)
幽霊は抵抗なく引きずられている。エレベーターに乗る前に、ツァップさんが私にストールをかけてくれた。
その行動の意味はすぐに分かった。エレベーターに入った途端、幽霊が暴れ出した。それでも私とツァップさんを傷つけることはなかった。ツァップさんはドイツ語で何かを呟いていた。そのおかげで幽霊の抵抗が弱かったのだと思う。
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