第162話 お猪口(後編)
第162話 お猪口(後編)
2人を藍風さんの家に送り届けて(みーさんは藍風さんの家に泊まった。そう言えばいつからの知り合いなのだろうか)から家に帰った。家の駐車場に車を停めてドアを開けると、車内の混ざり合った温かい残り香が名残惜しそうに追いかけてきた。
布団に入った時には所謂丑三つ時になっていた。藍風さんはこの後中学校に行くはずで、急な話でもあるのによく一緒に来てくれたとぼんやり考えた。みーさんも市をまたいでわざわざ来てくれたわけだった。ありがたかった。布団の中で何度か体の向きを変えたが珍しく眠くならず、考え事を続けた。
桜姫が死にたがっている気持ちは分からなくもない。結局、今の私がこうあるのはあの日山に入って藍風さんに会って、他の協会員とも会って、生計を立てることができているからだ。それがなかったら、あの場で襲われて死んでいるか、山に行かずに元職場の嫌がらせと呪いで参って、そうなっていただろう。あるいは思い切って復讐でもしていただろうか。私の性格柄、どうだろうか。そこまでするバイタリティーの方が先になくなってしまう可能性の方が高いか。心の余裕があったらどうだろうか。それに、桜姫の気持ちを理解した気になっているのは私の勝手な思い込みではないか。怪奇の考えていることは、多分、人間の私の考えと同列とは思えない。もしかしたらただの鳴き声か、私が勝手に幻覚を見せられていただけかもしれない。
その後も眠る気になれず、朝まで布団をかぶってスマホを操作した。
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いつもより少し早い朝食を食べた後、協会のHPを見た。自分でも受けられそうな依頼は、いかにもなうさん臭さのあるものだけ(交通費なしなど)であった。前回エントリーした依頼も落選していた。ダメもとであったが少し気を落とした。リフレッシュを兼ねてホラー(?)映画『出て行け』を見た。動画サービスでお勧めに出た(かつ無料だった)からだ。あれは面白い。また今度時間があったら見ようと思う。
気を晴らした後、電車でG駅に行った。電車の中にはサラリーマンや学生たちがたくさんいて、いつもと違って席に座ることはできなかった。吊革に掴まったため、本を読むことができなかった。替わりにスマホを操作した。周りから、私はどのような用事で電車に乗っていると思われただろうか。
G駅でも通勤、通学者が多く見られた。その人混みの中の1人になって支部へ行った。支部の入り口からは既に明かりが見えていた。扉を開けると、一足先に来ていたみーさんがいた。
「おはよー」
みーさんは藍風さんの家を大分早く発って家に戻ったのだろう。ジャージが昨日と違うし、シャンプーの香りもしている。決定的なのはソファに座ってSw○tchを操作していることだろう。
「おはようございます」
「ちょっと待って下さいねー。もう少しでレポート…」
何のゲームをしているのか分かった。厳選かレベル上げをしていたのだろう。言った通り、すぐにゲーム機はかばんにしまわれた。
「それじゃあ行きますかー」
「はい」
みーさんの後ろに着いて一旦支部の外に出て、階段を上る。別の階の廊下を進み、ある部屋の前でみーさんが鍵を取り出した。この部屋に、支部に入りきらない書物が保存されているらしい。
扉を開けるとそこは書庫よりも物置の様相を呈していた。やや真新しい棚は置かれているが、そこに本は整頓されておらず、いくつもの段ボールが部屋の中に積まれている。少し埃っぽい。中に入るとみーさんが部屋の扉を素早く閉めて、電気を点けた。
「この中からそれらしい本を探しますかー。ついでに整理整頓もー」
大きく伸びをしながらみーさんが言った。それから手近にあった段ボールを開いた。
「それが条件でここに入っているわけですから、勿論やります」
私もその隣の段ボールを開いて、本の整理を始めた。
怪奇に与えるダメージを最小にして、死なせる方法、それを探すためにみーさんが提案したのがこの書庫の整理だった。以前から片付ける予定はあっても手が付ける余裕がなかったらしく、支部の方からもすぐに許可が下りた。お金は出ないが、数冊は勝手に読んでもばれないだろう。ここにあるのは重要性の低いものだけだそうだが、それでも表に出回っていない本を読むことができる。
選別作業は単純そうで難しかった。段ボールに入れられた時点である程度の区分わけがなされてはいたが、タイトルを記録用紙に書いて、指定された棚に入れていくのは面倒であった。更に、あては外れて、大半の本は表で売っていそうなものだった。見たら呪われる本などの危険なものはなかった(ことになっていた)のが救いだった。
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