第160話 お猪口(前編)
第160話 お猪口(前編)
話し合う場所は文松駅近くの例の喫茶店となった。それも、すぐにだった。思い立ったら即行動がみーさんの考えだった。幸い誰にも予定はなかったことがその考えを加速させた(みーさんもG市にいた)。文松市になったのは藍風さんに配慮したからだろう。
喫茶店には一番乗りに着いた。この喫茶店、マスターは怪奇に理解のある人物で、かつ駅から近いにもかかわらずいつも閑散としている。だから怪奇絡みの話をし易い。更にコーヒーも料理も美味しい。私は窓際のボックス席に腰掛けておすすめのコーヒー(いつ来ても違う味がしている気がする)を注文し、窓から差す陽の光を眺めながら店内のBGMを聞いていた。少しして扉が開く音がした。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは。いつもの下さい」
すぐ出迎えに来たマスターに藍風さんは手慣れた様子で注文をしていた。
「藍風さん」
軽く目配せをすると藍風さんは「こんにちは」と小さく言ってからこちらの席まで来て、対面に座った。春めいた色の私服を着ていて、やや薄手の袖口から細い手首が見えている。
「みーさんは少し遅れるそうです。電車にトラブルがあったみたいです」
それを聞いて、スマホを取り出すとちょうど手の中で振動した。ポップしたメッセージはみーさんからで、内容は今しがた話されたことだった。
「こちらにも今来ました」
桜姫の件はみーさんがきてから話すこととして、何を話そうか。少し考えている内にマスターが席に近づいてきた。コーヒーとミルクの良い香りが濃くなった。
「お待ちしました」
ここのコーヒーは相変わらず美味しい。豆が良いのか、淹れ方が良いのか、その両方だろう。温度も良い。もしかしたら、私の好みに合わせてくれているのではないかと思うくらい合う。藍風さんはカフェオレをふーふーと冷ましながら少しずつ飲んでいた。カップを傾けながらその様子を見ていると、藍風さんに目をそらされた。熱さで体温が上がっているようだった。
みーさんは予定よりも十数分ほど遅れてきた。みーさんも手慣れた様子で注文をしてから藍風さんの隣に座った。いつものジャージ風の姿で、春になったからといって特に変わった様子はなかった。(冬場は上に着こんでいただけなのかもしれない)
「ごめんねー、遅れましてー」
「いえ、気にしないでください」「大丈夫です」
「それで、上野さんがあった桜姫、でしたっけ、それの話を聞いてもいいですかー?」
「はい。まずは報告書にも書いたことからですが―」
私が桜姫と出会ったときのことを話し出すと、すぐにみーさんの頼んだコーヒーが運ばれてきた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
話し終えるた後の第一声はみーさんだった。
「そのお猪口に入れた日本酒、飲んでみたいですねー」
第一声がそれなのが、実にみーさんらしい。
「どうにも、器から飲まないとあの味は出ないようなんですよ。一旦入れたものを別のコップに移すと味が消えました」
寝る前に家にあった日本酒で少し実験をして分かったことだ。後は、洗った後でも味は落ちていなかったことくらいかと思い出す。
「じゃあ、そのままでいいですよー」
はいとすぐに答えることができなかった。何だろうか。洗えば別に気にする必要はないのだが、恥ずかしい。飲食店では気にもしないのに。どう答えようか。
「それ、お酒以外もなるのでしょうか」
藍風さんからも淡々と質問が飛んできた。この質問に乗じて話をそらそう。
「残念ながら、水やお茶では何も変わりませんでした」
「そうですか」
藍風さんはほんの少しだけ残念そうに見えた。だからと言って日本酒を飲ませるわけにもいかない。
「それで、お猪口使わせてもらえますー?何だったら、この後飲みに行ってもいいですかー?」
みーさんのお酒に対する執念(?)にはごまかしは効かなかったようだ。
「まあ、今日はちょっと…。お猪口は桜姫に頼めば作ってもらえますよ、それで、どうしましょうか」
多分、と心の中で付け加えつつ、答えを先延ばしにする。
「そうですねー。まず、その怪奇が望んでいることはできなくもないと思うんですよー。知都世ちゃんはどうー?」
「私は考えたことはないので、できるのかどうかちょっと…」
藍風さんは何か考えているようだ。彼女流の対応方法を探しているのだろうか。
評価やブックマーク登録、励みになりますm(_ _ )m 。
評価は「ポイント評価」で行うことができます。
いいな、と思ったらネタを考えるモチベ維持のためによろしくお願いします!