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第158話 夜桜(中編)

当日中に更新したいです…。

第158話 夜桜(中編)


 一瞬視界に映ったソレは、どこにでもあるような洋服を着た、桜の飾りを着けた髪の長い、少しつり目の女性のようであった。しかし、裾から見える両腕が枯れた樹の皮そっくりで、人間らしい臭いもしていなかった。


 そもそも、桜の元に行くまで人はいなかったし、臭いもしていなかった。誰かが近づく音も、明かりも見えなかった。第一、目を少し細めれば分かることだった。つまり、コスプレでもなんでもない、まごうことない怪奇だった。


 (逃げよう!)

 荷物は後で取りに来ればよい。最悪、くれてやってもいい。スマホと財布、鍵はポケットの中だ。


 振り返らずにけもの道に戻る。後ろから追ってくる音は…、聞こえない。足元ははっきりと見えるが、道は走るために整地されていない。木の根や出っ張った石が点在している。それらを飛び越えながら、半ば落ちるように降りて行く。


 (自転車まで行ければ…)

 そうすれば、恐らく逃げ切れるだろう。その後協会に連絡し、情報を集めてから対応すればよい。そこまで距離があったわけではない。


 そうやって駆け下りて元の山道が視界に入り、そこに出たと思った瞬間、眼前が揺らいだ。右方から「もらっていまずよ」と声がした。桜の前に飛び出していた。


 (逃げられないなら…)

 やられるまえにやる。戦うか。護符があっても巻き込まれたということは、ある程度強い怪奇のようだ。使えるのは札と、近くに転がっている石、このくらいの大きさなら死ぬ気でやれば抑え込めるかもしれない。首を絞めれば勝てるか?いや、相手は怪奇、首が弱点とは限らないし、自分よりも力が強いと考える方が自然だ。


 懐に手を入れて、札に触れる。怪奇が私の日本酒をお猪口で勝手に飲んでいるのが見える。その脇には焼鳥の串が置かれている。こちらの動きには気づいていないようだ。チャンスは一回きりだろう。


 (今だ!)

 懐から札を出そうと動いた瞬間、怪奇がこちらの動きを悟ったかのようにこちらに視線を向けた。


 「一緒に、飲みませんか」

 その瞳はこちらから離れない。


 (どうするか?)

 逃げられない。不意打ちには失敗した。用事があるから、ここまで戻されたのだろう。何故かはわからないが。


 「私は桜姫と、言います」

 さらに名乗られてしまった。一周回って、現代らしい名前だ。それはどうでもいい。平和的に解決できるだろうか。


 「…田中です」

 それでも油断はできない。偽名を使うリスクと本名を知られるリスクでは、後者の方が明らかに危険だ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 どちらにせよ、騙そうとしている可能性は払拭できない。空いている石に座って、警戒は続けながらも桜姫と話をすることにした。


 「それで、何か用ですか」


 「落ち着いていますね、まずは一杯、どうですか」

 桜姫は今まで使っていたお猪口に私の日本酒を注ぐとこちらに突き出した。それを受け取って、口に近づける。


 (毒は…、入っていないようだ…)

 嗅覚をとがらせると、桜の香りが強く広がる。ほんの少しだけ口に含む。味覚でも毒が入っていないことがわかる。代わりに、酒の味に得も言えない上品な桜の香りが混ざっている。


 「こっちも、どうですか」

 そのつまみも私のだ。


 「いや、もうたくさんです。それで、何の用ですか」

 用事がないなら帰してもらいたいものだ。


 「そうだ、それ、あなた、私を殺してくれませんか」

 ごく当たり前のように桜姫の言った言葉は、私の予想を超えてきた。怪奇はわけがわからないが、その中でも異端なのだろうか?


 「どうしたのでしょうか」

 念のため事情を聞いてみるが、注意は桜姫の一挙手一投足に向いている。懐の札もすぐに取り出せるように、片手を空けてある。


 「私は、疲れた、死にたい、このまま生きていても、古いモノに財は奪われて行くばかり、新しいモノに居場所は奪われていくばかり」

 どこかで聞いたようなことを言っているが、引き続き怪奇の表情は変わらない。


 「そういうものでしょうか」

 機嫌を損ねないように適当な相槌を打ち、お猪口に口を付ける。それにしてもこの日本酒はうまい。


 「漫然と居残るよりも、その方が良いのです、人間風情には分からないでしょうが」

 そこまで言うのなら手を貸さなくても良いだろうか。最もできることは限られているが。


 「お困りのことは分かりませんが、このお酒はあなたが香りを付けたのでしょうか」


 「そうですよ、素敵でしょう、私が器に口を付けたからですよ」

 今まで変わらなかった桜姫の表情が少しだけ得意げになった。と言うことは桜姫の唾液(?)が入っていたのか。そうではなくて、もう少し超能力的なものと信じたい。


 「それなら、私が安いお猪口をたくさん買ってきますから、桜姫さんが口を付けて、それを高値で売りませんか。この香りなら飛ぶように売れます。私と半々にしても財を儲けられますよ。それで何か必要なものを揃えるのはどうでしょうか」

 1つ10、いや100万円にしても好事家には売れそうだ。次の言葉を期待しつつ、もう一杯日本酒を手酌する。


 「いや、もうよいのです。そこまでして居残りたいとは思っていないのです」

 桜姫の表情は元に戻った。残念だ。しかし、どうしたら良いのだろうか。生きて(?)いればよいこともあると安く言うつもりもない。怪奇の意思を尊重した方がよいのだろうか。それとも…。

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