第154話 エイプリルフール
第154話 エイプリルフール
夜が明けたすぐ後に、外からやけに大きく甲高い話し声が聞こえて目が覚めた。怪奇の音だった。二度寝をしようとも考えたが、話し声は続いていて、眠りに就こうにもうるさかった。人間の声なら「この時間に騒ぐなど非常識で自分勝手だ」と腹を立てたたろうが、怪奇の声だと何故かそう感じなかった。カエルや猫の声のようなものだろうか。ついでだから朝食を準備しながら聞いてみた。
「それでね、文松小学校の近くの公園にすべり台あるじゃない?」
確かにある。
「へえ、すべり台があるんですか」
「実はその下に500円が埋まっているのよ。小学生がお小遣いを隠していたわ」
それを見たのだろうが、それはともかく、何故ここで話しているのだろうか。小学校と私の家は近くはない。
「へえ、埋まっているんですか」
こちらも相槌を打つだけだ。
「それからね、文松川の河川敷に住んでいるおばあさんいるじゃない?」
河川敷のそばの家に住んでいる人のことだろうか。
「へえ、おばあさんがいるんですか」
「そのおばあさんね、実は娘さんを殺しているのよ。それで、家に幽霊が出るから怖くて河川敷に住んでいるのよ」
違った。言葉通りだった。しかし、そのような人を見たことはない。文松川はそれなりに長いから、行ったことがない場所にいるのかもしれない。
朝食の支度が終わって食べている間も話は続いていた。取るに足りないゴシップのような噂話ばかりだった。しばらく聞いてようやく不思議に思った。私の部屋には護符があるから(夢の中を除いて)怪奇の影響を受けない。だからここまではっきりと声が聞こえることは今までなかったと。
「それでね、文松駅の手前のコンビニ、駐車場がやけに広いじゃない?」
そんなコンビニはあっただろうか。知らない。
「へえ、広いんですか」
ずっと同じ相槌をしているが、この話には噛み合っていない。
「それはね、隣の家が土地を売ったからなのよ」
「へえ、売ったのですか」
「それはね、下に埋めてある不倫の証拠を隠すためなのよ。それからね、スーパーの近くに小さな公園があるじゃない?」
「へえ、あるんですか」
「その塀の落書きの右下、大金が埋まっているのよ。相続されたくないおじいさんが夜埋めていたわ。それからね―」
話は止まることなく続いている。予定では朝食後に勉強をするつもりであったが、いつまでこの話が続くのかわからない。流石にこの音の中で集中できるとは思えない。
(勉強はあきらめよう)
予定を取りやめて他のことをするとして、何をしようか。家にいるとずっとこの話を聞き続ける羽目になるから外に出るとして、特に目的地もない。
(G駅に行こうか)
あそこなら大抵何でもある。しかし、手持ちが…。
(それなら…)
さきほどの噂では公園に大金が埋まっているらしい。探してみようか。もし見つかったとして、落とし主は現れないだろうから、警察に届けてから数ヶ月もすれば自分のものになる。所得税がかかるから丸ごと手に入るわけではないが。
小さなスコップや使えそうなものをリュックサックに入れて家の外に出てから、話している怪奇の姿をそれとなく探してみたが、それらしいモノは見つからなかった。声のする辺りは分かったのだが、姿も臭いも見つけられなかった。
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公園は家と家の間に挟まれておりその境には柵があった。入り口も住宅の陰に隠されており、反対側にはコンクリートブロックでできた塀があった。近所の人でないと気づかないような場所で、誰もいなかった。
私は話に従って落書き(というよりもただの汚れ)の右下をスコップで掘っていった。平日に成人男性が公園で穴掘りをしていたら怪しい以外の何物でもないだろう。私は周囲の音に注意をして、少し掘っては周りの様子を見た。
穴を掘ること自体が目的になりつつあったころ、明らかに地面の感触が固くなった。それ以上はずいぶん前から誰も手を付けていないようだった。それなりに広範囲を探したつもりだったが、それらしいものを見つけることはできなかった。地面を元に戻して、大分遅くなった昼食を食べに家に帰ることにした。
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一旦家に帰った後も、声は聞こえ続けていた。初めからそうすればよかったのだが、昼食後は図書館に行って勉強をした。閉館までそこにいて、それから家に帰ると声はいなくなっていた。
夜、藍風さんにこのことを話したら、自分もこの日に聞いたことがあると言われた。同じように公園の塀の下を掘ってみた(が何も出てこなかった)らしい。その姿を想像すると何だか砂いじりをしているようでほほえましかった。それから、藍風さんによると、あの話(毎回同じ話をしているようだ)は全部嘘らしい。絶妙に本当らしい嘘に騙された。
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