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第149話 自分がしたことの意味(後編)

第149話 自分がしたことの意味(後編)


 その幽霊は、生気があるものであるかのような悲痛な面持ちをしていた。先に言ったことの、本当に言いたいことは何となく分かっていた。


 「お友達も、職場の同僚も、あなたが亡くなったことを悲しんでいたそうですよ」

 追加で調べられている情報を続けて伝える。(血縁者はいないとも書いてある。)


 「そうじゃない!そうじゃなくて、私が子供たちを庇って…、庇って死んだことは何だったの?」


 「彼女は何と言っていますか?」

 ツァップさんが英語で聞いてくる。要は、と言うことだろう。


 「彼女は、要は、自分が子供のために死んだことが、誉れになっていないどころか、面倒ごと思われていることが虚しいと言っています」

 淡々と、英語で答える。騒いでいる幽霊はこちらが言っていることを理解する余裕もないようだ。


 「どうして?そんなむちゃくちゃなこと、頼んでいないの。私のしたことは、そんなに、どうでもいいことなの?」

  すがるように尋ねてくる。


 「それは…」

 とっさに返事をしようとするが、どう答えてよいのかわからない。幽霊にどう対応するのが適切なのか、それからこの幽霊にとって最も良い返事は何なのか。


 「ねえ?正しいことだよね?私のしたこと」

 絞り出すように言葉にしている。涙が目に浮かんでいるように見える。私の横でツァップさんが一歩前に出たのが見えた。


 「佐藤サン、あなたのしたことは、正しいことデス」

 普段の無邪気な表情とは打って変わった、神聖な空気だ。

 「あなたのしたことは、他人の命を助けマシタ。子供たちは助かりマシタ。神はきっと見てくださっていマシタ」


 「本当にそう思う?ねえ―」


 「ハイ」

 そう断言することが、どれだけ勇敢なことだろうか。


 「そうなの?あなた宗教の人?それ、十字架?私、神様を信じていないけれど」


 「ハイ。そうでもデス」


 「そこまで…、そこまで言ってくれるなら…、少しだけ、救われたかな」

 幽霊は目尻を拭って笑みを浮かべた。たったこれだけのやりとりで納得させることができるこの雰囲気は、やはり聖職者の持つものだ。


 「それで、これからどうしマスカ?」

 ツァップさんは、優しく母親のように尋ねた。


 「私はこれからどうなるの?」

 逆に質問された。


 「天に召されるように、私が手助けします。それか、ここに残るかです。おすすめしません」


 「そう、ですか…。それなら、もう、いいかな。ねえ、信じていなくても天国に行けるの?」


 「ハイ」

 ツァップさんが笑みを浮かべて、そう答えた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 その後、ツァップさんは荷物から聖水やストラを取り出して準備をすると、謳うように、ドイツ語で儀式を行った。その間、幽霊は目を閉じて充実した表情だった。やがて、その姿が薄らいでいき、消えた。


 後片付けを済ませながら、ツァップさんは言いたいことが殆ど伝えられなかったと少し残念そうに言っていた。私にはあれで十分すぎるほどだと思ったが、本職には本職にしか分からないことがあるのだろう。



 大通りに出て拾ったタクシーの中で、ツァップさんは特に何をするということもなく、広告を眺めていた。私は気になっていたことを尋ねてみた。


 「あの幽霊もそうですが、幽霊が生前のような意思を持っているのは珍しいのでしょうか。しっかりとした姿をしているのはあまり見かけません」


 「あまりいないです。はっきり言えないですが、よほど未練があったり、その場所やタイミングの条件が揃ったりしていたときだけ現れるようです」

 少し考えるように小首をかしげながら答えてくれた。


 「なるほど」

 あの幽霊は、よほど心残りだったのだろう。自分が命を投げてしたことがどう評価されたのかが。


 「上野さん、あの幽霊がどうして現れたのだと思いますか?」

 逆に質問された。専門家に聞かれると答えにくい。ツァップさんはニコニコしている。少しだけ間を空けてから、自分の考えを伝えた。


 「気になっていたためでしょう。義務的に助けたわけではなく、本当に助けたかったから、人間として助けたのが、どう思われていたのか」

 それでも、聖人ではないのだから、誰かに良いことをしたと褒めてもらうなり、記憶してもらうなりしたかったのだろう。ツァップさんは明確な答えを求めていたわけではないようで、満足してくれた。



 昼食はツァップさんと一緒に駅近くの喫茶店でとった。そこのサンドウィッチは特にパンの部分に具の味が染みて美味しかった。コーヒーともマッチしていた。


 文松駅に着いてから行きと同じ道を通って家に帰る途中、おそらく幽霊と思われる怪奇がいた。スーツ姿のくたびれたサラリーマンのような見た目で、ぼうっと立っていた。しかし、下半身は消えていて、何かをするわけでもなく、浮いて流れていた。やはり例の幽霊は珍しいようだ。

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