第146話 壁紙の模様(後編)
第146話 壁紙の模様(後編)
その怪奇からは草と石の粉が混ざったような匂いがした。ピンセットで表面を削ると、嗅覚で判断できた通りどちらの性質も持っていた。いずれにせよ自分だけでは判断できないため、危ないからと部屋の隅にいてもらった藍風さんを呼んだ。
「見事に空いていますね。何かありましたか」
藍風さんは近寄ってから少し屈んで穴を覗いた。横髪がすっと揺れたのが見えた。後ろから見るとやはり小さい。そして、藍風さんには見えていない。
「はい。石のような植物のような怪奇が壁の裏一面に生えています。多分ですが、壁紙の模様はこの怪奇の形と一致しています。見える範囲の生え方を言いますので、向こうから見てもらっても良いでしょうか」
「はい。お願いします」
藍風さんは書斎を出て、この場合の裏、つまり廊下に出た。
「行きますね。中央の蔓はS字を縦に伸ばしたような形で、まずそこから左に伸びた蔓から笹のような葉が上に4枚、下に3枚―」
私の説明に合わせて、藍風さんが確認しているのが聞こえた。おそらく壁紙を指で説明と逆になぞっているのだろう。
「上野さん、今の、壁紙の模様と一致していました」
説明を終えると廊下から藍風さんの鈴のような声が聞こえた。
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家に現れた模様は、おそらく壁や床の裏側に入っていたこの怪奇によるものと分かった(本当はもう2,3カ所穴を開けて確認したかったが)。試しにその一部を削って小瓶に移すと、壁紙の模様にも同じ傷ができた。ガラスの表面にできたものについては説明できなかったが、怪奇はそういうものだろう。
(この怪奇、消滅させても良いのだろうか)
ある疑問が残っている。
「藍風さん、この怪奇がなくなったら、この家はどうなると思いますか」
自分の考えがどうなのか、確認するように聞いてみる。
「うーん…。多分ですが、潰れると思います」
藍風さんも同じことを考えていた。
「私も同感です。建物の内側はこの怪奇に相当侵食されていますから、それがなくなったら脆くなった支えが崩れるでしょう」
「そうですよね。前にも言いましたが、もうこの怪奇に対応することはできます。後は、依頼者次第ですが…」
そのやり方というのは浴槽の中である梅干をペンチで潰すという、いつも通り関連の分からない方法だ。
「むしろこの怪奇のおかげで家が頑丈にさえなっていますから、そう反対はしないと思いますが…」
穴を開けたときに分かったことだが、この怪奇の生えた壁は異様に堅かった。
稲富さんに電話をして事情を話すと、スマホからは難色を示す声が聞こえた。どうも、すぐにでもこの模様を取り除けると思っていたようだった。再三説明して、模様をそのままにして家を保つか、模様を消す代わりに家が崩れるリスクを負うかを尋ねたが、元に戻ることだけを考えているようで話が通じなかった。それどころか書斎の壁に穴を開けたことを咎めだした。仕方がないので返事を待つと伝えておいた。世界のどこかには希望通りの対処ができる能力者がいるのかもしれないが、それを探すことができないのなら2択のどちらかを選ぶしかないのに。
依頼者の承諾がなければ次の対応はできない、そういう訳を協会に連絡すると一度引き上げても良いと返事があった。ポストに鍵を入れてから、私と藍風さんは車に乗って町を離れた。途中で藍風さんがホテルにキャンセルの連絡を入れると、そのすぐ後に、協会からこの依頼の担当を外されたと連絡があった。報酬は報告書分は出るとも言っていたが、何もしないという対応になったのだからその分は出ないのかとも思った。しかし、藍風さんが納得しているならそれでよい。彼女が受けた依頼だからだ。
レンタカーをV駅前に返した後、大分遅めの昼食をとった。さっぱりとしたものが食べたかったため駅近くのデパートにあったそば屋に入った。新幹線に乗ってからは、私はタブレットで本を読み、藍風さんは英語の勉強をしていた。道の半ばを過ぎたあたりで肩に重みを感じて隣を見ると、藍風さんが参考書を手にしたまま眠っていた。
夕食は駅弁(鶏めし)とパックのお茶で済ませた。G駅に着いた頃には夜遅くなっており、文松駅行きの電車は終電のみになっていた。藍風さんは新幹線の中でうとうとした分、目が覚めていたようだった。
いつも通り藍風さんを家まで送ってから自宅に帰った。荷ほどきをしているときに小瓶を見たが、中身に変化はなかった。念のため札を貼ってあったが、中身の粉が活性化して家中にデコレーションをされたらたまらないと思った。理由はシンプルで、借家だからだ。
それから、布団に入る前に硬貨虫の様子を見たが、おとなしく眠って(?)いた。今回はあまり家を離れていなかったからだろう。V県で拾ったきれいな白い石を水槽に入れてから、電気を消して私も眠った。
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