第145話 壁紙の模様(中編)
第145話 壁紙の模様(中編)
家は町の中心から少し外れた古めの住宅街にあった。見た目はありふれた、2階建ての和洋が混ざったものだった。その家に葉と蔓の怪奇がないかと集中して見てみたが、普段から見えているその辺にいるようなモノ以外は何も見えなかった。
「藍風さん、何か感じましたか。私には見えませんでした」
ホテルに戻るか、Uターンして現場を見るべきか。
「気配はしました。上野さんに見えなかったのは家の内側にいたからでしょう」
「そういうわけでしたか」
「はい。気配からして、持って来たもので対応できます。でも、明日、念のために家の中を見てからにしませんか」
「そうですね。何があるか分からないですから」
怪奇は本当に何があるかわからない。早計な判断でしっぺ返しが来るかもしれない。その点で言えば、藍風さんの能力は問答無用で絶対だから間違った対応になることはない。ただし、決して万能ではない。
ホテルに戻った後、ベッドの上で横になって予め貰っていた家の見取り図を見ながら、いつか私も家を建てるのだろうかと考えた。そこまでの稼ぎがこの先できるのか、ローンを組むことができるのだろうかという考えが寝る前に頭をよぎった。(これに関しては後日聞いたところ、協会の方で独自のローン制度があるという。また、中古物件も格安で売っているとか。何か出そうだが)
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翌朝、藍風さんと一緒に朝食を食べた。特に言うこともない、値段相応の味だった。一旦部屋に戻って荷物を取ってから車で例の家まで行った。
その家の駐車場に車を停めると、エンジンの音を聞いたのであろう依頼者が隣の家から出てきた。
「おはようございます、協会から来ました。上野です」「藍風です」
車を降りると依頼者の稲富さんは既に玄関の前まで来ていた。
「お待ちしていました。稲富です。ともかく、家の中を見てください。もう気味が悪くてですね…」
稲富さんは心配しきった顔でポケットの中を探ると、私に鍵を渡した。
「これは、この家の鍵ですか」
「もう、僕は入る気もしないものでして。とにかく、よろしくお願いします」
そう言って稲富さんは急ぎ足で隣の家に戻っていった。
「てっきり彼も一緒に来ると思っていましたが」
逃げるように離れる背中を見ながら呟いた。無人にした家に部外者を入れるのはどうなのだろうか。
「怖いのだと思います。未知が。あれほどなのは珍しいですが」
私の感覚がおかしくなっただけなのかもしれない。
玄関の鍵を開けると話に聞いていた通り、一面に葉と蔓の模様が入っていた。葉の種類は様々で蔓は同じ太さが…、怪奇ではない。二重に見えない。
「ただの模様ですね」
試しに壁紙に入っている模様を拡大して見たが、どうも同じ材質でできているようだ。つまり、ただの壁紙だ。
「はい。でも、気配は家中からしています」
藍風さんは辺りをキョロキョロと見ていた。
室内用の靴に履き替えてリビングに行くと、ここも同様に天井、壁、窓ガラス、フローリング等に模様が入っていた。試しに電話の近くに置いてあった筆立てから定規を取って、床を撫でてみた。
「床の模様は平らですね、これ」
定規は滑らかに動いていく。凹凸を感じない。
「壁紙は盛り上がっています。天井は…どうでしょうか」
「少し盛り上がっています。窓から差す光で影ができています」
「うーん…。少しどこかの中を見たいのですが…」
藍風さんそう言いながら台所へ向かって行った。
他の部屋も同じだった。元の材質によって凹凸の有無の違いはあったが、扉にも、浴槽にも、シンクにもとにかく全てに模様が入っていた。そして全ての模様は連続していて、家中に満遍なく広がっていた。ただ、怪奇そのものの姿は見ることができなかった。
それから、稲富さんに藍風さんの要望、つまりどこかに穴を開けても良いかを電話で聞いた。スマホ越しに聞こえる声はやや当惑していたようだったが、怯えの方が勝ったらしい。書斎の壁を少しだけなら良いと返事があった。
しかし、ドリルのような専門の道具を持ってきてはいなかった。少し考えて、玄関にあったコンクリートブロックを拝借して、これもまた玄関にあった巾着袋に入れると書斎の壁にスイングして叩きつけた。何度か行っていると、角が上手く当たったようで壁にひびが入った。そこに連続してぶつけると壁は容易に崩れ、人の顔が入るくらいの穴が空いた。
その中には模様と同じ葉と蔓の怪奇が、壁の内側に沿うようにびっしりと生えていた。灰色と緑色を混ぜて暗くしたような色だった。
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