第144話 壁紙の模様(前編)
第144話 壁紙の模様(前編)
世間の学生や子供たちは春休みで、公園やデパートがいつもよりもにぎやかに見える。と言うよりも、聴覚が良くなった影響で、煩わしい音が増えたと感じてしまうようになった。
そんな春休みは藍風さんにとって遠方の依頼を受けることができる期間でもあるようだ。ただ、今までは移動手段が限られていたり、大人がいないとダメだったりと難しかったと言っていた。こうした問題は私がいれば解決するから、多少は役に立っていると思う。
その遠方の依頼のためにいつもよりも早く起きたが、寒さはそれほど感じなかった。少し濃い目のコーヒーを朝食と一緒にとった後、前日に荷造りしたリュックサックを持って文松駅へ向かった。
駅前には早く着いた。時間を潰そうとスマホを懐から取り出してホーム画面を見たところで、藍風さんが来るのが分かった。スマホを元に戻してそちらに向かうと、少ししてからそれに気づいた藍風さんが駆け寄ってきた。
「藍風さん、おはようございます」
「おはようございます」
藍風さんはこの間よりも少し薄手の春めいた格好をしている。首元は軽めで鎖骨が見えている。短い距離だが走った分、頬が少し紅潮している。
「電車はもう少し後ですね」
「はい。ホームで待っていませんか」
ホームには出張に行くであろうキャリーケースを持ったサラリーマンが、眠たそうに椅子に座っていた。その反対向きの椅子に2人で座って電車が来るのを待った。
電車は空いていた。藍風さんは隣の席で理科の勉強をしていた。春休み明けの試験勉強だそうだ。私はスマホで調べ物をしようと思ったが、その姿を見て気が変わり、タブレットで読書をした。
G駅からは新幹線でV県のV駅へ向かった。途中で昼食に駅弁(日の丸弁当に色々なおかずが入っているもの)と紙パックのお茶をとった。遠足のようで懐かしさを感じた。
V県V駅に着いたのは夕方になりかかった頃だった。そこから予約していたレンタカーを取りに行った。目的地の空柄町が電車やバスでは行けない場所であるためだった。ホテルに向かうときに車窓から見えた景色は、そこそこ賑わっている地域のように見えた。ただ、公共交通機関でのアクセスが恐ろしく悪い。慣れない道を、それも人や車通りが多い所を運転するのは苦手だ。
ホテルにチェックインして、荷物を置いて部屋の確認をしてから(怪奇が居着ていることがある)、夕食を食べに出た。近場にあったのは小さな定食屋だけだった。藍風さんに車で離れたところまで行こうかと提案したが、近くで良いと言われた。定食屋は夫婦でやっているような所で(話しぶりからそうだった)、奥さんに聞いたおすすめの生姜焼き定食を2人とも頼んだ。シンプルで良い味付けに柔らかめの豚肉がマッチしていた。
その後、ホテルに車を取りに戻ってから依頼があった現場に向かった。と言っても中には入らず、目の前の道路を通り過ぎただけだった。運転は夜の方が人や車が少なくて気が楽だ。普通の人なら暗がりから人が出てくるかもしれないから緊張すると思うが、私の場合、昼間と大差なく見えるため特に困ることもない。道中、私は今回の依頼内容を思い出していた。
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V県空柄町にある、とある古い家(築53年)に最近妙なことが起こっているという。
始めに気付いたのはその家の長女だった。夜、大学から帰って自分の部屋に入ったとき、壁の一部に違和感、壁紙の模様が変わっているような気がしたらしい。毎日見ていてもはっきり覚えているわけではない、気のせいだろうと思って何もしなかった。
次に気付いたのは依頼者の男性(家族構成的には父)だった。夜、布団に入ったとき、天井の木目が変わっているような気がしたそうだ。眠たいからそう感じただけだろうと考えて、放っておいた。
それから、依頼者の妻、長男、次女までも同じ感覚を味わった。やがて気のせいでは済まなくなるほど変化がはっきりと現れた。壁紙、天井の木目は完全に変わって、フローリングも、玄関のコンクリートも、窓ガラスも、流しも風呂もトイレも同じ変化をした。その変化とは模様が植物の葉と蔓になるというものだ。元からあった模様は消えて、模様のない所には新たに浮き上がる。
ただそれだけと言ったらそうだが(それでも異常だが)、この模様が自分たちにも広がっていったらたまらない。そう思った依頼者と家族は家を空けて、今は親戚の家に身を寄せている。ただ、その生活も長く続けられない。依頼者は伝手で協会に連絡して、その地区の協会員に調べてもらったそうだ。しかし、実際、模様があることは分かってもその原因の怪奇は見つけられなかった。分かったことといったら模様の進行が止まっているらしいということくらいだった。
私達が今回行うことはこの家の調査と怪奇に対応することだ。
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