第143話 春が来た
第143話 春が来た
春が来た。単純に暖かくなってきたことからもそうと言えるし、その訪れを告げる春妖精が一斉に現れたことが何よりの合図だ。この春妖精は体長10から15cmほどの白い人型で、色とりどりの蝶のような羽が背中から生えている。目は複眼で、亜麻色の髪が生えているがそれ以外の口や鼻はない。子供の頃に見た童話に出てくる妖精の絵と同じだ。また、見える人は珍しいらしく、みーさんは見えないと言っていた。
この春妖精、春の訪れに関してだけは天気予報よりも信用できるらしく、桜の開花や天候の予想に一役買っているそうだ。今まで知らなかった、知る人ぞ知る情報網というものだ。仮にこの辺りの業界に参入したとして、新参者には(この)怪奇の存在など思いつくはずもない。だから普通の人は情報量でどうしても劣る。これを利権と思うかどうか。
朝起きると春妖精が窓に張りついていた。窓の外にも無数が飛んでいた。この怪奇の存在は事前に知らされていたとはいえ、こうも一辺に現れると思わなかった。前の日には一匹も見かけなかった。トンボの羽化など比にならない。
朝食を終えた後、折角だからこの怪奇を観察がてら近所を自転車で走った。その姿が見えるせいで心なしか外が暖かく感じた。風が気持ち良かった。連中は特に何かをしているわけでもなく、ただそこら中にいた。私が動くと向こうの方から避けて動いた。
(あれは、何だろうか)
春妖精たちが農作業をしている老人の上にまとまって乗っている。頭、肩、背中に乗りきれなかったモノは周囲をくるくると周っている。見たところ、普通の老人だ。恐らく何も目的はないと思う。
農業地帯(と言うほどでもないが)を抜けて文松駅周辺へ向かう。春妖精は背中にある羽を羽ばたかせているモノもいるが、動かしていないモノも飛んでいる。この羽は飾りだと思う。その証拠に逆さまになってその場で回り続けている変わった個体もいた。
(向こうは何をしているのだろうか)
信号待ちをしていると、道路の先にいる春妖精がベビーカーの中をのぞき込んでいた。赤ん坊でも見ているのだろうか。
(何か、違和感がある)
においがしない。赤ん坊特有のにおいならこの距離で十分嗅ぎ取れる。試しに聴覚に集中すると、呼吸音がベビーカーから聞こえない。
「さとちゃん、いい天気だねー」
温和そうな女性がその中に話しかけている。何か、反射するもの…。ちょうど車が停車して、向こうの窓ガラスが暗くなった。ベビーカーの中を覗く。
(なるほど)
気づいた瞬間に信号が変わった。直進するつもりだったが、素知らぬ顔で左折した。ベビーカーの中にはやけにリアルな人形が入っていた。
駅前のスーパーマーケットに入ると、その中にも数匹が漂っていた。これだけ狭いと商品にぶつかるのではないかと思ったが、器用に人や物の間をすり抜けていた。1匹が肩に止まったから分かったが、春妖精にはほとんど重さがなかった。だから、何かが動くと周りの空気の動きに合わせて流されるのだろう。
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家に帰って昼食を終えてから、妖怪についての本を読んで勉強した。しかし、窓の外に張り付いたり、ぶつかったりする春妖精の姿が鬱陶しく(音はほとんどしなかったが)気力が削がれた。窓の外を見ると、何が面白いのか喜んでいる犬のしっぽに掴まって一緒に振り回されていた個体がいた。
夕方、買い物に行ったときには春妖精の動きが鈍くなっていた。飛んでいる数も少なく、木の枝や金網に座っていたり、屋根や車の上で寝そべっていたりしていた。しかし、数匹は元気にそこら中を飛び回っていた。
夜には見える数が明らかに減っていた。どこに消えたのかは近くを見てすぐに分かった。地面に潜っていた。正確には沈んでいたと言った方が適切だろうか。掘り返してみたい衝動にかられた。聞いたところでは、春妖精は1日だけ現れて消えるという。発生の瞬間は見ることができなかったが、明日には全部いなくなっているだろう。何か役に立つことに使えないだろうか。何そう考えながら布団に入った。
翌朝起きると予想通り春妖精の姿は見えなくなっていた。もしどうしても姿を見たくなったらどんどん北に進んでいけば、行きつく先々で見ることができるだろう。
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