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第14話 夢の中の幽霊(中編)

第14話 夢の中の幽霊(中編)


 夢はその人の関心事だ、とよく言われるが、全くそれに覚えも関心もない。夢が将来の希望というの意味を持つのは英語のdreamからの輸入であるという話を聞いたことがあるが、そうなりたいとは思わない。むしろ悪夢だ。いや現実の方が悪夢か。一昨晩前に見た夢で出てきたそれは昨晩も私の夢に現れた。一昨晩のはどこまでが夢なのか、なんなのかもわからず、既に日記で書いた以上の記憶も薄らいでいた。だから何も考えず、帰宅後は普段通り過ごし、床に就いた。ただの夢だと思って、特に誰かに相談もしなかった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 それが現れる前までどんな夢を見ていたのか覚えていないし、見ていなかったかもしれない。覚えているのはそれが現れる直前からだ。知らない家にいた。何故か間取りを覚えていて、初めにいたところが8畳間の和室で後ろに窓があった。正面にはまた8畳間の和室があって、その境はふすまで仕切られていたが、開いていた。そちらの部屋に行くとすりガラスの引き戸が進行方向の壁一面にあり、それを開けると広い玄関だった。その時まではただの夢だから、何も考えていなかった。


 不意に異様な臭気が後方から漂った。夢の中でにおいを感じることは余りない。肉が腐ったような臭いだった。寝室にそんなものは置いていないので、現実の臭いでない。夢の中のものか怪奇によるものか。嫌な予感がして後ろを振り向くと前日のそれがいた。姿は変わらず、青白い肌に白い服を着ていて、裸足だ。顔は長い髪に覆われている。冷たい腐臭が鼻に刺さった。


 (逃げろ!)

 驚くほど体は自由に動いた。明晰夢というものだろう。しかし、起きるという選択肢は変わらず出てこなかった。夢と気づいているのに。引き戸の玄関を開けて外に出ると、そこは海上に建っている建物だった。全く覚えがない。


 (ここは何だ?)

 とりあえず、窓の外は海だ。海面まではそれなりの距離があり、そこからは水平線しか見えない。空は鈍色で、水面はまるで古いCGのようにざらついて波立ちもしていなかった。内に目を向けると、そこは建設途中のようで、鉄骨や手押し車、土嚢が置いてあった。後は覚えていない。本当にこれらを使うのかは知らない。ともかくその場から離れるべきだ。しかし、海からどうやって脱出するのか。ともかく下の階に行こうと思い階段を探した。

 しばらく探したが階段は見つからず、下に伸びているはしごしかなかった。底は木の板のように見える。とりあえず降りていくが、不自然なことにいつになっても下に着かない。焦る中、突然上方からそれがいるのを感じた。上にも行けない。下にも着かない。それなのにそれが近づいて来るのがわかる。


 「仕方ない」

 そうつぶやいて決意するとそこから飛び降りた。見た目の距離は落ちても何とかなりそうなものだ。それに賭けて着地を身構える。すぐに激痛が体に走り、何とか受け身をとった。はしごはいつの間にか消えていて、天井にも穴はない。


 (まいた…のか)

 幸い骨折はしていないようだった。そこはどこかのビルのようだった。片方の壁際にファミレスらしきものが見えるが店内は曇りガラスになっていてよく見えない。『10時から開店』と書かれた看板がある。正面にはらせん階段があったがどこにもつながっていない。もう片方の壁には階段があって窓がある。外はもう海ではないが2階以上ではあるようだ。しかし、だんだん現実味がなくなってくる。ともかくそれから逃げなくてはならない。そう思い階段を下ると、その階には本屋があった。夢の中では知りえている以上はわからないだろうから、これだけの本の内容が自分の記憶にあるとは思えない。しかし興味はある。試しに入店すると、そこには人が何人もいた。慌てて外に出ると、そこにも人が何人かいた。いつのまにか人が現れている。集中すると像がぼやけなかったから夢の中の人間のようだ。(そもそも夢なのに。)本屋にはポップアップや平積みされた新刊らしきものがある。とりあえず手に取り読んだのだが、本当に残念なことに内容は覚えていない。次の一冊に進もうとしたときにそれの気配を感じた。いつの間にか店内にいる。


 (とにかく逃げろ)

 店内を出て、急いで階段を降りようとする。ふと、この階にいる他の人たちのことを考えた。これは夢だ。起きれば消えるものだから関係はない。階段を下りていくとようやく1階についた。わずかに安堵する。しかし、途端に手足が降ってきた。


 「うわっ」

 寸でのところで階段に戻る。1階は当然天井があるのに、なぜか手足が降ってきて、ゴト、ゴトと重く不気味な音を立てながら周囲に血をまき散らしている。何故かそれが本屋にいた人たちのもののように感じた。すぐにその雨はやんだが、すでに腐敗が始まっていて腐汁が血に溶け、骨と肉が浸る。正直その光景は吐き気を催し、それが現れたときよりも濃厚な腐臭を感じる。しかし、ともかく逃げるために階段を下りて外に出た。そこはどこかの路地だった。


 辺りは夕方になっていて、背後を振り返るとなぜか(というより夢なのだから)学校の校門があった。ここも覚えがない。正面は左に曲がり気味の丁字路となっていて、カーブミラーが左手に見えた。ランドセルと黄色い帽子の小学生と買い物袋を片手に持った主婦が歩いている。ノスタルジックな風景だが、覚えがない。おそらく、大昔に一度通っただけの通りだろうか。それとも1から作り上げたのだろうか。ともかくどこかへ行こうとしたとき、正面のカーブミラーにそれが映っていた。よく見ると向こうに行った小学生と主婦の死体があった。


 (逃げる…)

 とりあえず学校の中を通り抜けて反対側から出よう。そう思い校内を通り抜ける。自転車置き場のそばを進み、グラウンドに出た。開けたところは隠れにくい。そう考えて校舎に沿って進む。校内に人はいないようだ。


 (そもそもあれはどうやってこちらを探しているんだ。そもそも何が目的だ?)

 ようやく裏門らしきところにたどり着く。その先は先ほどの街並みとは異なり、砂漠の中の町だった。よく西部劇にあるようなものだった。後ろにはもう先ほどの学校はない。銃を持った人たちがその辺りを歩いていた。当然銃を扱ったことはないのにそのディティールは妙に細かく、だんだん夢には思えなくなってきた。しかし、これは夢だ。

 

 『パン!』

 耳元で爆発音が鳴った。それに続いて何度も同じ音が聞こえる。幾つかは人に当たっているようだが、悲鳴を上げることもないようで、しかし、血飛沫は道や壁に飛び散っている。巻き込まれてはたまらないので手近のバー?に入った。またもや景色は変わり、そこはただの空き室だった。そして目の前にそれがいた。何度見ても不気味で、すえた冷えた臭いが漂う。それはこちらに手を伸ばそうとして…



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 はっとして目が覚めたが、体の痛みは続いている。あれは何がしたいんだ。偶然か。そんなことを考えてふと窓の外を見ると…


 (昨日と同じだ…)

 それがいた。入ろうとしてくる。体が動かない。何とか身じろぎして動こうとしたときにそれから眼を離してしまった。すでに窓の外にはいない。どこだ。…正面だ。それはやはりこちらに手を伸ばす。布団を貫くようなそれの寒さが伝わる。乾きかけの腐った臭いがする。布団に臭いが付いたらどうしてくれるんだ、と意味の分からないことを考え、その手は眼前に迫り…


 はっとして目が覚めた。今度こそ現実か?いや疑ったということは何か現実と違うものがある。そう思い周囲を見渡すが、普段と変わらなかった。ひどくのどが渇き台所へ向かい、のどを潤す。ほっとしながら、流しをふと覗くと、そこには赤い液体が並々と広がっていた。いつの間にか周りが赤く見える…


 (これも夢ということは…!)

 やはりそれはいた。玄関に立っていた。窓から逃げようと部屋に向かうがそこに続く扉は壁になっていた。手詰まりか?振り向くとそれの両手は今にも私を掴もうとしている。ひどく細い。爪の間に何か肉片のようなものが詰まっている。私は思い切り目をつぶり ― 勢いをつけて開いた。


 そうして、現実の体が反射的に目を開けたためにようやく夢から覚めることができた。夢から覚めることを思いつかなかったら、今頃どうなっていただろうか。そう考えると流石にただの夢とは思えなくなってきた。そのままいつか現実で出くわすのだろうか。

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