第141話 誰の話
第141話 誰の話
それからは地味に大変だった。まず、廊下に倒れている8人を起こすところから始まった。皆、七不思議が始まる前とは打って変わって人の話を聞こうともせず、廊下は大混乱だった。特にロープで椅子と縛られた時に暴れてできた傷や無理な動きによる筋肉痛、体調不良(これは食べ過ぎ飲み過ぎに起因していると思う)のせいでこちらが何かしたのではないかと疑われた。
その中でもなんとか話の通じたA子に事情、つまり百物語を始めた途中から皆が操られたように不穏な行動を取り始めたこと、その時に多少怪我をしたことを説明して、そこから全体に説明してもらおうとした。J子は大パニックでダメだった。しかし、話の途中からどこかに隠れていた2人が泣きながら合流してきて、再び頭から説明する羽目になった。
後から合流してきたうちの1人、C子が疑り深い性格であった。友達に会えて安心したのだろう、先ほどまで泣いていたとは考えれらないような態度の変わりようだった。1人が変な方向に傾けば、そちらの方が楽ならば全員が傾き、群れになって排他する。この時起こったことはまさにこれだった。私はともかく、女子中学生の藍風さんにまで詰め寄って噛みつこうとしたのは困りものだった。終いには警察を呼ぶとまで言ってきた。
この面倒事を解決できたのは、他ならないビデオカメラの映像だった。動画を見せると、彼女たちは「こんなこと話したの覚えていない」、「こんな話知らない」、「というかうち初めから記憶がない」、「私は途中から」とようやく異常であることを認めた。動画内の口調と普段の話し方が全く違っていたのも決め手になったようだ。(カメラの映像は途中で切れていたが、それでも十分だった。)
それから全員で後片付けを行った。ここでようやくJ子が自分の仕事を思い出したようで、指揮を取って各所に連絡、校内の確認を行っていた。
時間のある時にA子からJ子まで、各々に藍風さんとヒアリングを行った。まとめると、
・百物語の話をしようと言い出した辺りからどうしてもやりたくなった。
・お菓子やジュースを持ってきて机の前に座った辺りから記憶があいまい。
(つまり私や藍風さんとの会話も記憶になかった)
・百物語の話の内容は全て聞いたことがなかったし、自分の話でもなかった。
・それなのに、話の内容が自分のことと関係していた。例えば、
妹がいなければ、飛行機に乗ったこともないのに妹と一緒に飛行機で旅行に行った時の話をしていた。それなのに、母親の作るシチューの隠し味は事実と合っていた。
祖父は生まれた時には亡くなっていたのに、祖父と遊んだ時の話をしていた。ただ、遊んだ場所の特徴は母の実家の裏庭と合致していた。
と言ったところだった。これらの話を10人は秘密にすることに決めたようだった。仮に誰かに話したところで誰も信用しないだろう。依頼者であるA子の父には藍風さんが電話で話をした。この人は良識があって、私達は感謝された。
やがて夜が明けて、現れた関係者に何をしているのかと絞られそうになった。しかし、来校手続きや使用手続きは全て問題なく済ませてあったため事なきを得た。そもそもその許可を出した張本人であるのに覚えがないことに一様に首をかしげていた。
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私と藍風さんは私立及武高校を離れて、駅前で朝食を食べた。運良く近くにモーニングをやっている喫茶店があった。2人ともサンドウィッチとコーヒーを頼んだ。レタスが新鮮でコーヒーの苦さもちょうど良かった(藍風さんはミルクを入れていてた)。
その後は電車と新幹線でG駅に向かった。徹夜と走り回った疲れのせいで、椅子に座ってからは藍風さんも私もぐったりしていた。途中の駅で乗り換えのために下りて、ついでに昼食を食べた他は2人とも普段以上に静かだった。乗り換えた後、藍風さんはうとうとと眠っていた。健康的な寝息がかすかに聞こえていた。
G駅から文松駅までの車窓は見慣れた物であったが、時間の割には妙に明るく見えた。一瞬また時空を越える何かに巻き込まれたのかと思ったが、スマホを見ても予想通りの日時だった。単純に日が長くなっているだけだった。
藍風さんを家に届けてから自宅に帰り、何か食べてから眠ろうとした。しかし、冷蔵庫の中は空だった。今回は予定の時間通りに依頼が終わったが、そうでない場合に備えて片付けていたのを忘れていた。お湯を沸かしてカップ麺を食べようかとも思ったが、その食欲よりも睡眠欲の方が勝っていた。
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