第138話 近づいて来る(前編)
第138話 近づいて来る(前編)
(つまり、考えて行動させられているわけではないのか)
角を道なりに曲がることができない。例えるなら、8方向に移動できるRPGで、ジグザグの道を最短距離で移動するために斜め入力しているような動きだ。ただ、ここはゲームではないからF子の左半身の、制服に守られていない顔は擦れて赤くなっている。
廊下を曲がり、F子を追い越す。聴覚と嗅覚はF子に集中してG子の元に向かう。次の番が来たら、つまり、F子がタブレットを押したらG子が教室に無理やり近づくのは明白だ。
G子は目を開けて眠っているように見える。じっと黙っている。胸が上下(この場合は前後か)しているから生きているはずだ。ロープをほどいて椅子に置くように座らせると、今まで脱力していたはずなのに、G子は自然な格好で背筋を伸ばした。不自然だ。その姿からすぐに目を離して、H子のロープを解きに行く。次の手間を省くためだ。
(本当に、何なのだろうか)
催眠のようなものだろうか。だとしたら何故、何が、つまりどういった怪奇がこの現象を引き起こしているのだろうか。
「何も、それらしいものは見つかっていません」
F子の後ろをついて行き、教室に入ると藍風さんがこちらを向いて言った。
「こちらは、1つ案があります」
「案、ですか」
F子が後ろでタブレットをタップしたのだろう。G子が話し始めるのが聞こえた。
「はい。できるかどうか、まずは試しですが」
G子がタブレットの載った机に向かって話し続けている。その脇を通ってタブレットを手に取る。何か起こるかと身構えたが、問題なく取ることができた。
「上野さん、壊したら何が起こるか分かりません」
念を押すように藍風さんがそっと教えてくれる。
「大丈夫です。これを持って逃げるだけです」
「逃げる、ですか」
藍風さんがほんの少し首をかしげた。
「はい。今起きている現象は、話す、タブレットに触る、次の人が話す、の順です。タブレットが近くになければ、無理にでも近づこうとしていました。先ほどのことですが、このとき道沿いに近づくのではなく、直進していました。つまり、これを持って逃げれば、まっすぐ追いかけてくるわけです」
G子のいる机の近くから離れて、教室の一方に寄せられた未使用の机の方へ歩いて行く。
「要は、これを持って下の階に行けば、直進、つまり床越しに近づいてくる可能性が高いです。流石に床を破壊はできないはずですので―」
「―私の話は終わり」
G子は立ち上がり、近くの机を体で押しながら、それごとまとめて私の方へゆっくりと突っ込んできた。予想通りだ。机同士がぶつかると、G子は私に見向きもせずに無理に体を曲げて、鼻先でタブレットをタップした。
ズリ…、ズリ…
すぐにH子が近づいて来る音が聞こえ始めた。
「破壊できないはずですので、逃げられるわけです。時間を稼いでいるうちに、何か見つけてもらえますでしょうか」
「分かりました。ただ、どう追ってくるか分かりません。それに、この人たちに大怪我をさせるのも控えたいです。だから―」
H子が教室に入ってくる。
「気を付けてください」
「大丈夫ですよ、私は五感が利きますから」
心配させないようにそう言うが、足が速いわけでも、力が強いわけでもない。追いかけ方が進化したらどうなるのかは分からない。
H子がなるべく怪我をしないようにロープをほどいてから、タブレットを手に持って教室を出る。
「それでね、そのとき受験前で落ち込んでいたから―」
H子は先ほどと変わらず話し続けているほか、不穏な行動はしていないようだ。教室から聞こえる他の音は、藍風さんが荷物を触っている音だけだ。
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先ほどまでいた3階の2つ下の階まで、階段を一足飛びで駆け下りる。1年3組の真下と思われる教室に入ると、既に進級する生徒の物が置かれているのが見えた。
(!)
急に、懐のスマホが振動した。相手は、藍風さんだ。彼女に何かあったのだろうか。すぐに操作して耳に当てる。
「上野さん、上手くいっています。話が終わった後、床に張り付いて同じ場所でぐねぐねしています」
「良かったです。安心しました」
「はい。また何かあったら電話します」
「よろしくお願いします」
電話が切れた後、よく集中して3階の音を聞く。遠くから車の走る音が聞こえる。他の雑音が混ざっていてはっきりしないが、音は2か所から聞こえている。その場を動いていない。1つは藍風さんだとすれば、もう1つの音がH子だ。
(後は藍風さん頼みだ)
理屈抜きに、関連がなくても、何かがきっかけにさえなれば、わけのわからないモノでも問答無用で対応できる。だたし、きっかけがなければ難しい。そのきっかけを見つける手立ての1つが情報収集と藍風さんは考えている。
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