第135話 順番が違う(前編)
第135話 順番が違う(前編)
「次は私ね」
D子の番だ。
「子供のときなんだけども、冬に初めて遠くのおじいちゃんの家に行ったの。昔の家で、大きくはないけれども、私にはいろいろ珍しいものがあってね。黒い電話とか。隙間風がきつかったけど、おじいちゃんたちは良くしてくれて、夕飯も終わって、お風呂に入ることになってね。お母さんから『一緒に入る?』って聞かれたんだけど、その時にはもう1人で入れるようになっていたから、背伸びして『1人で入る』って答えたの」
「お風呂は、おじいちゃんたち用に熱めになっていたから入るのが大変でね。水を入れて、浴槽の縁に座って、そーっと足先からゆっくり入っていったんだけど、急にお尻が滑って、お風呂に落ちたんだ。熱さにびっくりして急いでお湯から出たんだけど、縁を触っても全然つるつるしていないの。そのとき、誰かに押されたのかなって」
(ただの事故ではないのか?)
そう思うが、誰も突っ込みを入れない。この子は話すのが上手くないからだろうか。
「その日は怖くなってお母さんと一緒に寝たんだけど、次の日には忘れていて、家のすぐ近くで1人で遊んでいたら、雪が降って来たんだ。きれいだなと思って、誰かを呼んで来ようと玄関に向かったんだけどね、玄関がなかったの」
「あるはずの場所は壁になっていて、それどころか、全部壁、それも壁の端がなくなって、雪の勢いも強くなって、いつの間にか辺りが真っ白になったの。もう怖くなって、玄関を探すのに走っていたらね、昔の服を着ていた子供が急に目の前に出てきたんだ」
「その子が昨日お風呂で押した子だって、ピンと来てね、怖くなって、思わずしゃがんだらおじいちゃんの声がして、気づいたら雪なんか降っていなくて、玄関の前に座っていたの、私」
「それで、もう怖くてお父さんとお母さんにべったりだったけど、帰るときには落ち着いていて、車の中からおじいちゃんに手を振っていたんだ。でも、お父さんが車を動かすって時にね、その子が車の前に立っていたの」
「車に入れないから大丈夫、そう思ってビクビクしながら、でもほっとしていたんだけど、その子、車にぶつかるってときにそのまますり抜ちゃったんだ。びっくりして声も出なくて、車は進んで、その子、私と重なって。そのときに聞こえたんだ。『またいくね』って」
D子がタブレットをタップした。
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そのとき気が付いた不自然さは、何となく程度のものだった。何故、自分の体験談を後になって話しているのか。普通なら、真っ先に話すのではないだろうか。知り合いの知り合いが体験した話よりもすぐに思いつきそうなものだし、無理に話をひねり出すより楽ではないだろうか。もしかしたら体験談を最後の話に持ってこようとしたが、途中で力尽きて今話したのではないか。そう考えて、違和感をごまかしていた。
藍風さんの方を見ると、冷静に話を聞いているようだった。バイタルサインは特に変わっていなかったから隠し事をしている風でもなかった(多分)。10人は若干興奮していて、盛り上がっており、お菓子とジュースには誰も口を付けていなかった。
しかし、次々と話される怪談は全て体験談だった。それも、全員がそろって小さいころのものだ。
(流石に、おかしい)
おかしいが、何がおかしいとははっきりと言えない。集中して10人の方を見ても、怪奇の姿は見えない。
「藍風さん、何か感じませんか」
口の前に手を当てて、隣にいる藍風さんにそっと囁く。
「怪奇の気配はしませんが、少しおかしいですね。話し方というか。それに、だれも席を立っていません」
そういえば、百物語が始まってから誰も席を立っていない。それなりに飲み物を飲んでいるはずなのにだ。
「ちょっと休憩しませんか。カメラの様子も一度チェックしておきたいですし」
話が終わった瞬間を見計らって、立ち上がり話しかける。
「次は私の番ね」
B子の話は、止まらない。全員が聞こえなかったとは考えにくい。異常だ。
「みなさん?」
「私が小学生の時の話、林間学校で川の近くに行ったんだ。飯盒炊飯や、川登りなんかして、疲れたけれども、電気を消しても夜はやっぱり寝られずに、みんなでひそひそとおしゃべりしていたんだ」
「それでね、好きな男子の話やアイドルの話をしていたんだけれども、途中で誰かが『たかふみ君のことが好き』って言い始めたの。たかふみって名前、いそうだけれども、うちの学年にはいなかったのね。それで、みんな、上級生なの、別の学校の人なの、って聞いたんだけれど『同じ学年だよ』って」
「藍風さん、異常ですね。止まらないです」
普通の声で話しているが、私を咎めることもなく10人は話に熱中している。
「そうですね、でも、何がかは分からないです…」
「あれって思った時に足音が聞こえたから、みんな一旦静かになって先生が通り過ぎるのを待ったの。足音がだんだん小さくなって、聞こえなくなってから、もう一度『たかふみ君って誰?』って聞いたんだけれども、誰も返事をしなかったんだ。いじわるしないでよって言っても、みんな、わたしじゃないって。でね、誰かが『さっき話していた子、知ってる?』って」
「気味が悪くなって、おしゃべりは何となく終わって、そのままみんな寝たんだけれども、翌日から私たちの学年の女子がおしゃべりをしていると、いつの間にか声が1人分増えていることがあるようになったの」
「次、無理にでも止めましょう」
「そうですね、何か使えそうなものは―」
「それも、ある女子にはたくさん聞こえていて、その子、ノイローゼになって転校しちゃった。そうしたら次は別の子によく聞こえるようになって、その子も転校して、結局、3人転校したんだ」
「でもね、1人、転校できずに不登校になった子がいたの。そうしたらその声も聞こえなくなって、不思議だなって思っていたの。でも、すぐに分かった。その子の所に声の主が行ったんだって。その子が1人で会話しているのを部屋の前でお母さんが聞いていたんだよ」
B子がタブレットをタップした。
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