第133話 百物語(中編)
第133話 百物語(中編)
私達は私立及武高校の一室、1年3組の教室に案内された。3階にあるその教室は新入生のためにきれいに片付けられていた。机には何もぶら下げられておらず、ロッカーやコートかけにも何もなかった。汚れのない黒板の縁に新品のチョークが置かれていた。机と椅子は既に百物語をするために中央に配置され、残りは教室の隅にまとめてあった。
私達は教室の四隅や机の中にビデオカメラとICレコーダーを設置した。表向きは依頼者が後で編集して動画を配布、あるいはY○utubeに投稿するためということにしてあった。だから私達の偽の肩書はアマチュアのオカルト動画編集者で、依頼者の知り合いの息子とその同僚ということにしてあった。勿論本当の目的は怪奇があった場合の対策のためであることは言うまでもない。
それから女子高生達(仮にA子からI子とする。A子が依頼者の娘)が続々と現れた。一応制服姿ではあったが、どこかで買い込んだお菓子やジュースの入ったレジ袋を持って、完全に遊びに来たのが見て取れた。担任も担任で新米なのか、気分は学生たちとそう変わらないように見えた(仮にJ子とする)。
「こんにちは。上野と言います。今日はよろしく。こっちは同僚の藍風さん」
「あ、こんちにはです。A子です。お父さんから聞いています。良い映像撮ってくださいね!」
その後も続々と挨拶をしていった。全員がそろったところで私と藍風さんは部屋の一方、カメラの死角に移動した。
「あの人かわいくない?」「わかるー。てか、うちらより若くない?」
ひそひそ声が聞こえる。実年齢以上に幼く見える藍風さんが私の同僚なのは大分無理があった。
カーテンと教室の扉が閉められる。机の上には百本の蝋燭、は無理だったらしく、タブレットに表示された蝋燭で代用している。その光がぼうっと教室を薄暗く照らしているが、周囲の10人の顔は活き活きとしている。
「誰から話す?」「えー」「最初、ジュースでいい?」
「じゃあ、言い出しっぺのE子から時計回りでよくない?」「仕方ないなー」
「じゃ、私からね。私、中学の時に転校してきたでしょ。前住んでいた所で、小学2年の時流行っていたのが『人面犬』の噂ね」
「ありきたりじゃない?」
「そうなんだけど、私、実際に見たの。小学校の校庭で遅くまで遊んでしまった秋の夕暮れ時、日はすぐに落ちて、早くしないとお母さんに怒られるから急いで家に帰ったの。それで、いつもは通らない大きい公園を通り抜けようとしたら、自販機の近くにあったゴミ箱を犬が漁っているのが見えたんだ」
「昔住んでいた場所は野良犬がいたから、それ自体は珍しくなかったんだけど、変だなって思ったの。だって、漁っている姿を見るのは商店街の裏やごみ捨て場だったから。自販機の隣にあるゴミ箱に食べ物は入ってないよね? だから、変だなって。そうしたら、犬がこっちを向いて、『見るなよ』って一言、人の顔で。確かに聞こえたんだ」
「もう怖くなって、後ろも向かずに猛ダッシュして、家に入ったらお母さんに泣きついて、そのまま熱を出して一週間くらい寝込んだんだ」
「だから犬苦手なんだ」「えっ、そうなの?」
「そう、それから犬が苦手になって。熱を出している間、両親が仕事でいなかったから、家の中が静かで、犬が遠くで吠えた鳴き声が聞こえると本当に怖かったんだ。私の話は終わり」
そう言ってE子がタブレットの蝋燭を1本タップすると、蝋燭が消えた。わずかに暗くなるがまだ十分明るい。ジュースを注いでお菓子を選ぶ余裕がある。ポリポリとお菓子をかじる音が聞こえる。
(今のところ、何も起こっていないな…)
普通の怪談話。普通のリアクション。誰も変な行動をする者もいない。
「じゃ、私かー」
「F子、全国模試クラス1位の腕を見せてくれ!」
「模試とこれ、関係なくない?」
「じゃあ、話すね。私の知っている怪談で怖いのはやっぱり『カワハギさん』かな。私の従妹の学校で流行っているんだけど、夜、遅くに子供が1人で歩いていると、カワハギさんが現れるんだ」
「見た目は普通のおじさんなんだけど、その人、というかそのお化け、後ろからついて来るんだって。同じスピードで。だから、振り向かずに止まらないで建物に入ったり、乗り物に乗ったりすれば助かるんだけど、止まったり走ったりすると追いつかれるんだって」
「走っても追いつかれるの? なんで?」
「うん。走ったらそのスピードでついて来るんだってさ。疲れて歩いたら追いつかれるよね。それで、追いつかれたら、体のどこかの皮を剥がれて、傷口をなめられるんだ。気持ち悪いよね」
「しかも、それ、何人も会っていて、従妹の友達の通っていた塾の子の学校で右手の皮、剥がされた人がいたんだって」
F子がタブレットをタップした。
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