第13話 夢の中の幽霊(前編)
第13話 夢の中の幽霊(前編)
相も変わらず職場ではうっとおしいいやがらせが続く。これまでなら参っていただろうが、今では相手にしない。ゼロの感情で接する。無礼は働かないが、それ以外は無である。死のうがどうでもいい。嬉しいでも、悲しいでもない。無、の感情だ。別の国の人が何人か死のうが、見知らぬ人が騙されて借金地獄になろうがそれで心を痛めることもないのと同じだ。ただのNPCだ。そう思わないとお金は得られない。そんな日常の中で怪奇は危険というよりも楽しみの一つになってきている。その存在を感じていると充足感を覚える。勿論命をかけてまでやろうとは思わないが。自宅にも硬貨虫がいる。もぞもぞと動き回っているのを見るのも楽しいし、餌を与えてどうなるか見ているのも楽しい。つい、頭?を撫でて「お前はかわいいな」なんて言ってしまう。しかしどういう構造をとっているのか。水も要らないようだしいつか解剖して見たい気もする。
幽霊と妖怪の違いは柳田國男先生が言うには3つある。1つ目は幽霊はどこにでも現れ、妖怪は特定の場所に現れるということ。2つ目は幽霊は特定の相手に出現し、妖怪は相手を選ばないということ。3つ目は幽霊は丑三つ時に、妖怪は宵と暁に出現しやすいということ。まあ、素人知識だが。あと、妖怪と幽霊は呼び方に違いがあると思う。例えば、河童を区別するのに河童の太郎、河童の次郎と呼び分けるだろうが、幽霊の場合は幽霊の太郎、幽霊の次郎とは言わない。太郎の幽霊、次郎の幽霊と言うだろう。要するに何かが幽霊化するもので、妖怪はもともとそういうものなのだろうか。でも妖怪化するという話もあるし、色々一概に言えないだろう。こんなことを書いているのは昨晩幽霊を見たからである。夢の中で。
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普段普通に夢を見て、起きたらおぼろげに直前のを覚えているくらいだが、今回のははっきり覚えている。それに夢は大概現実味を帯びていないが、例の幽霊以外は起きているときのようであった。
覚えていた記憶の始まりは、昔よく行っていたデパートだった。
(もうずいぶん行っていないのによく覚えているものだなあ)
周りを見渡し、当てもなく回る。そういえばこの辺りにおもちゃ屋があって、2階には家電コーナーがあって…
(あれ?)
だんだんと覚えていないところがおぼろげになってきた。それと同時にあれが目の前に突然現れた。まさにテンプレートのようで青白い肌に長い黒髪、白い服を着ている。何故か夢の中でも能力は使えたようで、怪奇であることが分かった。それはこちらに気づくとゆっくりと近づいてきた。
(逃げなくては!)
直感した。兎に角遠くへ。夢だとわかっていたが、驚くほど自由に動き、考えることができた。しかし、その時は夢から覚めればよいと言う考えは思い浮かばなかった。まずエスカレーターを降りて、デパートを出て…。それは大きな音を出すこともなく、追いかける気配もなかった。しかし、逃げなくてはならない。兎に角逃げなくてはならない。
ようやく自動ドアにたどり着いた。外は曇っていた。ドアはあっけなく開き簡単に外に出ることができた。しかし、外は夜中だった。よく見るとそこは昔遊んでいた公園だった。後ろを振り返っても扉はない。
(まいたのか…?)
この公園は大根公園と呼ばれていた。昔は公園名を書いた看板なんてなく、何故そう呼ばれいていたのかもわからない。砂場、ブランコ、滑り台、シーソー…。どれも懐かしいが、今はとにかくどこかに向かわなくてはならない。しかしどこへ?無意識のうちに小学校の登校に使っていた歩道の上を歩いていた。この辺りは寂れた住宅街だが、なぜか車道並みの幅の歩道があった。そこを訳もなく歩く。悪夢ならここで足が全く動かなくなるがそれもなく、運転し始めてから夢の中の移動が車並みの速度になったがそれもない。これもまた、懐かしさを感じつつ通学路を歩いていた。あの花壇の植物をわけもなく抜いて、剣代わりに振って遊んでいたな…。しかし、その懐かしさもまた急に現れたそれによって霧散した。
(逃げろ!逃げろ!あれはまずい!)
何故か逃げなくてはならない。もと来た道を引き返し、そのまま元の道に進めば相手も簡単に追いかけてくるだろう。ちょうど十字路があったので左折し、坂を上ってすぐ右折する。それは追いかけてくる気配はないが、こちらを探しているのは嫌でも感じる。この辺りは1階分くらい高くなっているので、坂の下の家の2階が丁度坂の上とつながっている。だから2階にも勝手口がある家が多かった。ふと周囲を探すと家の間に隙間ができている。それがいつの間にか近づいて来るのがわかり、思わず飛び込んだ。
「痛っ」
夢の中なのに痛みが走る。カラフルないくつものブラジャーが隣の家の軒先につるしてある。見てはいけない物を見て、下着泥棒と間違えられないかと思わず人目を探したが、そういえばこの夢には人は出てきていなかった。反対側の家の窓は開いていた。
(ここに隠れよう)
当然この家に忍び込んだこともないし、ブラジャーを盗んだこともない。だんだん夢らしくなってきたと思った矢先、いつの間にか明け方のどこかの田舎になっていた。ここに来たことはあるのかもしれないが全く覚えていない。左手に田んぼが広がり、右手には大きな川が下に流れている。この道路を歩いていこう。丁度一本道だ。入ってきた側と反対方向に歩いていく…
そもそもあの怪奇は何なのか。何故私の夢に出たのか、何がしたいのか。しかし、逃げなければならないことは確かなようだ。しばらく歩くと1本の大木が立っていた。そしてそのそばにはそれが立っていた。それはこちらに気づいたらしく、近づいてきた。だんだん動きが速くなっている。踵を返し逃げる。すると道の脇に車が止まっていた。乗り込んでエンジンをかけ、兎に角逃げる。信号も、ほかに動いている車もない。しばらく山中に入って車が動かなくなった。仕方なく下りると再度世界が暗転し、いつの間にか車の後部座席に座っていた。外は真っ暗だ。
(なんだここは…?)
車は動いている。何故か。誰かが運転しているからだ。嫌な気配がする。車から飛び降り、体に激痛が走る…
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この時はっと目が覚めた。痛みは残っているが、本当にそうすればその痛みが走るのかはわからないし傷はない。まだ朝ではなかった。ほっと胸をなでおろし、再度寝ようと布団にもぐった。ふと、窓を見ると、カーテンの隙間からそれが見えた。
それはこちらに近づいて来る。逃げなくては。急いで玄関から飛び出し…
はっと目が覚めた。今度こそは現実だった。やはり痛みは残っているが、夢の現実と本当の現実ははっきり違うとわかるものだ。全てがただ夢だったのかとその時は思った。しかし翌日もそれは現れた。